第8章 物権・担保・相続
この章のねらい 経営法務の民法分野のうち、「モノに対する権利(物権)」「お金を確実に回収するための担保」「人が亡くなったときの財産の行方(相続)」を扱います。 前章までの「契約(債権)」が"人と人との約束"の話だったのに対し、この章は"モノ・財産そのもの"に着目する点が大きな違いです。
過去問での出方:この章は経営法務のなかでも出題数がとても多い分野です。特に、 ①共有(毎年のように出る超頻出。R07・R05・R01・H28…)、②相続分の計算(代襲相続・特別受益・寄与分を絡めた計算問題)、 ③遺言・遺留分(改正で名前が変わった「遺留分侵害額請求」に注意)、④事業承継と遺留分の民法特例(経営承継円滑化法。診断士本業に直結)が定番です。 計算問題は一見むずかしそうですが、ルール(法定相続分・代襲・放棄)を図に落とせば確実に取れる得点源。ここは捨てずに攻めましょう。
8-0 この章の地図
この章は、「モノの権利(物権)」→「回収を守る担保」→「財産を引き継ぐ相続」→「争いを防ぐ遺言・遺留分」→「会社を継ぐ事業承継」という順に進みます。 前半(物権・担保)は権利の"性質"の暗記、後半(相続・遺言・事業承継)は"計算と手続き"が中心です。
8-1 物権の基本と共有 … 保存/管理/変更の3区分(★超頻出)
│
8-2 担保物権 … 抵当権・留置権・物上代位(性質の違い)
│ +(発展)消滅時効・倒産手続での担保の扱い
│
8-3 相続 … 法定相続人・相続分・放棄・限定承認(★頻出計算)
│
8-4 遺言と遺留分 … 遺言の方式・遺留分侵害額請求(改正注意)
│
8-5 事業承継と相続 … 自社株の集中承継・遺留分の民法特例(診断士本業)
⚠️ 法改正の全体注意 相続分野は近年(平成30年・令和元年施行の相続法改正、平成29年・令和2年施行の債権法改正)で大きく変わりました。 特に、①遺留分減殺請求 → 遺留分侵害額請求(金銭で解決する制度に)、②配偶者居住権の新設、③消滅時効の期間ルール、が重要な変更点です。 古い年度の問題(旧法基準)と現行制度が違う箇所は、本文中で「※現行法では〜」と注記します。
8-1 物権の基本と共有 ★超頻出
物権とは ―「モノを直接支配する権利」
物権とは、ひとことで言えば
「土地・建物・機械などのモノ(物)を、他人を介さずに直接支配する権利」
です。代表は所有権(自由に使い・貸し・売り・壊せる権利)です。 契約から生まれる債権(=特定の人に「〜してくれ」と請求できる権利)と対比すると分かりやすくなります。
| 物権 | 債権 | |
|---|---|---|
| 対象 | モノを直接支配 | 人に一定の行為を請求 |
| 効力の及ぶ相手 | 誰に対しても主張できる(絶対的) | 原則、契約の相手だけ(相対的) |
| 例 | 所有権・抵当権・共有持分 | 売買代金請求権・貸金返還請求権 |
共有 ―「1つのモノを複数人で持つ」状態 ★最重要
複数人が1つのモノを共同で所有する状態を共有といい、各人の取り分を持分(もちぶん)と呼びます。 たとえば「A・B・Cが各3分の1ずつ甲土地を共有」というかたちです。この共有はほぼ毎年出題される最重要テーマです。
共有物に対して"何かをする"ときは、その行為が保存・管理・変更(処分)のどれに当たるかで、必要な同意の数が変わります。この3区分こそが共有問題の急所です。
| 区分 | 何をするか(例) | 必要な同意 |
|---|---|---|
| 保存行為 | 現状を維持する行為(不法占有者への明渡し請求、無権利者の登記抹消請求、修繕) | 各共有者が単独でできる |
| 管理行為 | 現状を大きく変えずに利用・改良(賃貸借契約やその解除、短期の賃貸) | 持分の価格の過半数で決する |
| 変更・処分行為 | モノの性質を変える・売る(建物の取り壊し、共有物全体の売却) | 共有者全員の同意 |
💡 覚え方:同意のハードルは「守る<使う<変える」の順に上がる 保存(守る)=ひとりでOK → 管理(使う)=過半数 → 変更・処分(変える)=全員。 「不法占有者を追い出す(明渡し)」は"みんなの利益になる守りの行為"だからひとりでできる、と覚えると迷いません。
押さえておきたい共有の個別ルール
過去問で繰り返し問われる細かいルールをまとめます。
- 持分の処分は自由:各共有者は、自分の持分を他の共有者の同意なく第三者に譲渡できる(自分の取り分だから自由)。
- 持分の放棄・共有者の死亡:共有者が持分を放棄したり、相続人なく死亡したときは、その持分は他の共有者に帰属する(国庫ではない)。
- 明渡し・妨害排除の請求:不法占有者への明渡し請求は保存行為なので、各共有者が単独で共有物全部について請求できる。
- 損害賠償の請求:不法行為による損害賠償は、各共有者が自分の持分の割合の分だけしか請求できない(他人の持分まではダメ)。
- 無権利者の登記抹消:実体のない持分移転登記をしている者への抹消登記請求は保存行為として単独でできる。
- 所有権確認の訴え:共有者全員に関わるため、全員で提起しなければならない(固有必要的共同訴訟。過半数では足りない)。
📝 過去問はこう出る(R07 第17問) A・B・Cが各3分の1で甲土地を共有する場面。正解は「Aは、不法占有者に対し、単独で甲土地全部の明渡しを請求できる」(=保存行為)。 引っかけとして、「賃貸借の解除は全員で(→実は過半数でよい)」「持分譲渡に他共有者の同意が必要(→不要)」「放棄した持分は国庫へ(→他の共有者へ)」がバツ。 → R07 第17問
📝 過去問はこう出る(R01 第17問) こちらも共有の3区分がテーマ。正解は「不法占有者への引渡し請求は各共有者が単独でできる」(=保存行為)。 「所有権確認の訴えを持分の過半数で(→全員必要)」「損害賠償を他の共有者の持分まで(→自分の持分だけ)」「賃貸借の解除に全員の同意(→過半数でよい)」がバツ。 → R01 第17問 / R05 第20問 / H28 第17問
つまずきポイント:知的財産権の「共有」は民法と少し違う
共有は不動産だけでなく、特許権・商標権・著作権などの知的財産でも問題になります。ここは民法の共有と微妙にルールが違うので、混同注意です。
| 権利 | 各共有者が"自分で使う(実施・利用)" | 持分の譲渡・実施権の許諾 |
|---|---|---|
| 特許権・意匠権 | 別段の定めがなければ単独で自由に実施できる(持分に関係なく全部) | 他の共有者の同意が必要 |
| 商標権 | (使用は可) | 持分譲渡・使用権許諾に他の共有者の同意が必要 |
| 著作権 | 共有者全員の合意がないと行使できない(自分で複製するのも要同意) | 持分の譲渡等も全員の同意 |
⚠️ 混同注意:「特許は各自使える/著作は全員合意」 特許権は「使うのは自由だが、譲渡・ライセンスは要同意」。これに対し著作権は"使うのすら全員の合意が必要"と、より厳しくなっています(著作権法65条2項)。 この差がそのまま選択肢の正誤になります(R05 第20問・R04 第16問・H24 第8問)。 → H24 第8問 / R04 第16問
8-2 担保物権 ―「貸したお金を確実に回収する仕組み」
担保物権とは
担保物権とは、お金を貸した人(債権者)が、回収できないリスクに備えて特定の財産を"押さえておく"権利です。 たとえば住宅ローンで家に抵当権を設定するのが典型です。担保があれば、他の債権者より優先して回収できます。
代表的な担保物権を、成立の仕方と性質で整理します。
| 担保物権 | どう成立するか | ざっくりした働き |
|---|---|---|
| 抵当権 | 当事者の契約(約定担保) | 不動産を占有せずに担保。返済されないと競売して優先弁済 |
| 根抵当権 | 当事者の契約 | 継続的な取引の債権をまとめて極度額まで担保(金額が増減する取引向き) |
| 質権 | 当事者の契約 | 目的物を債権者が預かって担保 |
| 譲渡担保 | 当事者の契約(慣習上の担保) | 形式上、所有権を債権者に移して担保にする(在庫・機械など) |
| 留置権 | 法律上当然に発生(法定担保) | 代金をもらうまでモノを留め置いて支払いを促す |
| 先取特権(さきどりとっけん) | 法律上当然に発生(法定担保) | 一定の債権者が法律の定めで優先回収できる |
優先弁済的効力と物上代位
担保物権を理解する軸は「優先弁済的効力があるか」です。優先弁済的効力とは、他の債権者を差し置いて、担保の目的物から先に回収できる力のこと。
この効力があると、物上代位(ぶつじょうだいい)も認められます。物上代位とは、
担保の目的物が売られたり・貸されたり・壊れたりしたとき、その代わりに債務者が受け取るお金(売却代金・賃料・保険金など)にも担保を及ぼせること
です。目的物が姿を変えても、その"化けたお金"を追いかけられる、というイメージです。
| 担保物権 | 優先弁済的効力 | 物上代位 |
|---|---|---|
| 抵当権・質権・先取特権 | あり | できる(民法304条・372条など) |
| 留置権 | なし(優先的に回収する力はない) | できない |
📝 過去問はこう出る(R01 第18問) 「物上代位ができない担保物権はどれか」。正解はエ・留置権。 留置権は、モノを留め置いて心理的に支払いを促すだけで、優先弁済的効力がないため物上代位もできません。 抵当権・質権・先取特権はいずれも物上代位できる(=設問の「できないもの」には当たらない)ので誤り。 → R01 第18問
留置権の要点 ―「民事」と「商事」の違い
留置権は「代金をもらうまでモノを渡さない」権利ですが、民事留置権(民法295条)と商事留置権(商法521条)で要件が違い、これがよく問われます。
| 民事留置権 | 商事留置権 | |
|---|---|---|
| 対象物 | 他人の物(債務者所有でなくてもよい) | 債務者所有の物 |
| 被担保債権と物の関係 | その物に関して生じた債権であること(個別的な牽連性が必要) | 個別的な牽連性は不要(商人間の商行為で占有していれば足りる) |
| 共通点 | どちらも占有を失うと消滅する/不動産は占有で対抗(登記は無関係) | 同左 |
📝 過去問はこう出る(H29 第16問) 商人A社・B社間の留置権。正解は「商人間の商行為で占有した債務者所有の物(商品β)に、A社は商事留置権を主張できる」(=個別的牽連性が不要)。 引っかけは「留置物が債務者所有でなくなったから民事留置権を主張できない(→民事は他人の物でも可)」「引き渡してしまっても留置権を主張できる(→占有を失えば消滅)」「登記を移すと対抗できない(→占有で対抗、登記は無関係)」。 → H29 第16問
(発展)法的倒産手続での担保権の扱い
会社が倒産したとき、担保権がどう扱われるかも出題されます(H28 第5問)。ポイントは「会社更生だけが特殊」という点です。
| 手続 | 担保権の扱い | 否認権 | 相殺権の行使期限 |
|---|---|---|---|
| 破産 | 手続外で行使可(別除権) | できる | 債権届出期間後でも可 |
| 民事再生 | 手続外で行使可(別除権) | できる | 債権届出期間内 |
| 会社更生 | 手続によらなければ行使不可(更生担保権として取り込む) | できる | 債権届出期間内 |
| 特別清算 | 手続外で行使可 | できない(否認権の制度がない) | 債権届出期間後でも可 |
📝 過去問はこう出る(H28 第5問) 空欄補充で各手続の特徴を当てはめる問題。担保権を手続に取り込むのは会社更生だけ、否認権がないのは特別清算だけ、という2点を押さえれば解けます。 → H28 第5問
(発展)消滅時効 ―「権利は使わないと消える」
消滅時効とは、権利を一定期間行使しないと、その権利が消えてしまう制度です。担保・債権と関わるため、この章で扱います。債権法改正(令和2年施行)で期間が大きく変わったので、新旧に注意します。
【現行(改正後)の原則】 - 一般の債権:①権利を行使できると知った時から5年、または②権利を行使できる時から10年、の早い方で時効消滅(民法166条1項)。 - 起算点は「権利を行使できる時」=弁済期の到来時から(売却日ではない)。 - 職業別の短期消滅時効(飲食代1年・製品代金2年など)は廃止された。 - 生命・身体の侵害による損害賠償は、原則より長い期間に伸長(債務不履行は権利行使できる時から20年、不法行為は知った時から5年)。
【時効の援用と放棄】 - 援用(えんよう)=「時効が完成したので支払いません」と主張すること。時効は自動では効かず、当事者(直接利益を受ける者)が援用して初めて効く。 - 援用できるのは、保証人・抵当不動産の第三取得者など、時効で直接利益を受ける者。土地の時効取得者から建物を借りただけの人などは援用できない(直接の利益がない)。 - 時効の利益の放棄は相対効(放棄した本人にしか及ばない)。主債務者が放棄しても、保証人は独立して時効を援用できる。 - 完成猶予(旧「停止」):催告(内容証明での請求)には6か月の猶予効しかなく、繰り返しても効果は延びない。裁判上の請求等をしないと更新(旧「中断」)にならない。
📝 過去問はこう出る(R02 第18問・H30 第16問) R02第18問(改正民法)の正解は「催告による完成猶予中にした協議の合意による完成猶予は効力を生じない」(猶予は重ねられない)。飲食料債権の1年時効は廃止された点も要注意。 H30第16問は援用権者を問い、正解(=援用できない者)は「土地の時効取得者から建物を賃借したにすぎない者」。保証人・第三取得者・相続人は援用できます。 → R02 第18問 / H30 第16問 / H29 第17問 / R04 第18問
8-3 相続 ―「亡くなった人の財産を引き継ぐ」 ★頻出計算
相続の基本 ―「プラスもマイナスも引き継ぐ」
相続とは、亡くなった人(被相続人)の財産(プラスの資産だけでなく、借金などのマイナスの負債も)を、相続人が包括的に引き継ぐことです。 「事業に関与していないから負債は関係ない」は誤りで、負債も当然に相続の対象になります。
法定相続人と相続分
誰がどれだけ相続するか(法定相続分)は民法で決まっています。配偶者は常に相続人となり、それ以外は順位が高い人だけが相続します。
| 相続人の組み合わせ | 配偶者の相続分 | もう一方の相続分 |
|---|---|---|
| 配偶者 + 子(第1順位) | 1/2 | 子全員で 1/2(子が複数なら均分) |
| 配偶者 + 直系尊属(第2順位・親など) | 2/3 | 直系尊属で 1/3 |
| 配偶者 + 兄弟姉妹(第3順位) | 3/4 | 兄弟姉妹で 1/4 |
| 配偶者のみ/子のみ 等 | すべて | ― |
- 子・直系尊属・兄弟姉妹は順位制:上位がいれば下位は相続しない(子がいれば親・兄弟は相続人にならない)。
- 胎児は、相続についてはすでに生まれたものとみなす(生きて生まれれば相続人になる)。
- ※かつて非嫡出子(婚外子)の相続分は嫡出子の1/2とされていましたが、現行法では嫡出子と同じ(平等)です。古い年度(H26など)は旧法基準で出題されている点に注意。
代襲相続(だいしゅうそうぞく)
代襲相続とは、本来相続するはずの子などが先に亡くなっている場合に、その子(孫)が代わりに相続することです。
- 代襲の原因は3つだけ:①死亡、②相続欠格、③廃除。相続放棄は代襲原因ではない(ここが最頻出の引っかけ)。
- 子の系統は再代襲あり(孫も亡くなっていればひ孫へ)。
- 兄弟姉妹の系統は一代限り(甥・姪までで、その子には代襲しない)。
💡 覚え方:放棄した人の子は代襲しない 「放棄=はじめから相続人でなかったとみなす」ので、放棄した人の子に相続は降りてこない(系統ごと脱落)。 一方、「死亡・欠格・廃除」なら子(孫)が代わって相続します。計算問題はまずここを見極めます。
特別受益と寄与分 ―「不公平をならす調整」
- 特別受益:生前贈与や遺贈で特別に多くもらった相続人がいる場合、その分を遺産に持ち戻して(足し戻して)計算し、その人の取り分から差し引く(もらいすぎの調整)。
- 寄与分:被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をした相続人には、その分を遺産から先に控除して上乗せする(貢献の評価)。
計算の手順は次のとおりです(R01 第4問がこの典型)。
① みなし相続財産 = 実際の遺産 + 特別受益(持ち戻し) − 寄与分
② 各人の一応の取り分 = ①×法定相続分
③ 最終取り分 = ② − 自分の特別受益 + 自分の寄与分
📝 過去問はこう出る(R01 第4問) 遺産1億4,000万円、配偶者Bに特別受益400万、子Eに特別受益200万、子Dに寄与分500万のケース。 みなし相続財産=14,000+400+200−500=1億4,100万円。B=14,100×1/2−400=6,650万円が正解。 各子は14,100×1/2÷3=2,350万を基準に、Dは寄与分+500=2,850万、Eは特別受益−200=2,150万、と調整します。 → R01 第4問
📝 過去問はこう出る(H30 第20問・R04 第21問) どちらも家系図から法定相続分を計算させる問題。放棄した人の系統は脱落(代襲なし)、兄弟姉妹の代襲は一代限り、胎児も相続する、半血兄弟(片親だけ同じ)は全血の1/2、といったルールを図に当てはめれば解けます。 → H30 第20問 / R04 第21問
単純承認・限定承認・相続放棄 ―「引き継ぐか、拒むか」
相続人は、相続を「そのまま受ける/条件付きで受ける/拒む」の3択を選べます。熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」(家庭裁判所で伸長も可能)です。
| 内容 | 誰が・どうやる | |
|---|---|---|
| 単純承認 | プラスもマイナスもすべて無条件で引き継ぐ | 何もしなければ自動的にこれ/財産を処分すると"みなし単純承認" |
| 限定承認 | 相続財産の範囲でのみ負債を弁済(プラスの限度で責任) | 共同相続人全員が共同してのみ/3か月以内に家裁へ |
| 相続放棄 | 一切引き継がない(はじめから相続人でなかったとみなす) | 各相続人が単独で/3か月以内に家裁へ申述 |
急所となる区別: - 限定承認は"全員そろって"しかできない(一人ではできない)。放棄で相続人でなくなった人を除いた残り全員なら限定承認できる。 - 相続放棄は各自単独でできる(他の相続人の意向と無関係)。放棄には代襲が生じない。 - 承認・放棄は熟慮期間内でも撤回できない。 - 相続財産である建物を短期賃貸借の期間(建物は3年)を超えて賃貸するなどの処分をすると、法定単純承認とみなされる(例:5年の賃貸は処分行為=単純承認)。
⚠️ 混同注意:「限定承認=全員」「放棄=単独」 似ていますが真逆です。限定承認は共同相続人全員の共同でしかできず、相続放棄は一人でできる。 「他の相続人が反対しても一人で限定承認できる」は誤り/「相続放棄は全員でしかできない」も誤り。この対比は繰り返し問われます。
📝 過去問はこう出る(H20 第2問・R02 第4問) H20第2問(次男が父の負債を相続したくない相談)の正解は「相続放棄を家裁でとる。期間は相続開始を知ってから3か月以内」。限定承認を一人でとれるとした選択肢はバツ。 R02第4問(限定承認)の正解は「限定承認は知った時から3か月以内(家裁で伸長可)にしなければならない」。撤回できるとした選択肢や単独でできるとした選択肢はバツ。 → H20 第2問 / R02 第4問
つまずきポイント:相続債務と遺産分割協議
「遺産分割協議で長男が全部相続する」と決めても、借金(可分債務)は債権者を拘束しません。 金銭債務のような可分債務は、相続開始と同時に各相続人へ法定相続分に応じて当然に分割承継されます。 遺産分割協議は相続人どうしの内部的な取り決めにすぎず、債権者の同意がなければ債権者には対抗できないのです。
📝 過去問はこう出る(H24 第5問) 貸金300万円の債務者Aが死亡し、長男・次男が「全部長男が相続」と協議したケース。 正解は「遺産分割協議書を作っても相続放棄にはならず、可分債務は法定相続分に従い分割される。次男に法定相続分1/2の150万円を請求できる」。 遺産分割協議書=相続放棄ではない、という点が急所です。 → H24 第5問
株式が相続されると「準共有」になる
被相続人が持っていた株式が共同相続されると、遺産分割が済むまでは相続人全員の準共有になります。各相続人が株数を当然に分けて取得するのではありません。
- 準共有株式の権利行使は、権利行使者を1名定めて会社に通知しないとできない(会社法106条)。
- 権利行使者の指定は、共有持分の過半数で決める(判例)。
- 「1万株だけ自分で」といった一部を単独で行使することはできない(株式全体について1名がまとめて行使)。
📝 過去問はこう出る(H30 第3問・H26 第1問) H30第3問:配偶者B(1/2)+子C・D(各1/4)が株式を相続。正解は「C(1/4)がB(1/2)の同意を得れば合計3/4で過半数を満たし、権利行使者として指定できる」。B単独では過半数に届かず不可。 H26第1問:正解は「株式は分割されず全員の共有(準共有)となる」。遺産分割前に各自が株数を分割保有するとした選択肢はバツ。 → H30 第3問 / H26 第1問
8-4 遺言と遺留分
遺言の方式 ―「かたちが命」
遺言は、亡くなる人が生前に財産の分け方などを定めておくものです。法律の定める方式を守らないと無効になります。主な普通方式は3つです。
| 種類 | 作り方の要点 | 特徴 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 全文・日付・氏名を自書し押印(968条)。※財産目録はパソコン等でも可(改正) | 手軽だが方式不備で無効になりやすい |
| 公正証書遺言 | 公証人が筆記。証人2人以上の立会いが必要(969条) | 方式が確実。原本を公証役場が保管 |
| 秘密証書遺言 | 証書に署名・押印すれば足り、本文は自書でなくてよい(ワープロ・代筆可)(970条) | 内容を秘密にできる |
押さえどころ: - 遺言能力は満15歳から(20歳や18歳ではない)。 - 撤回の自由:遺言者はいつでも遺言の方式に従って全部・一部を撤回できる。「撤回しない」と書いても撤回できる(撤回権は放棄できない)。 - 検認は証拠保全の手続きであり、遺言の有効・無効を決めるものではない(検認を経なくてもそれだけで無効にはならない)。
📝 過去問はこう出る(R07 第21問・R01 第21問) どちらも正解は「遺言者はいつでも遺言の方式に従って撤回できる(撤回権は放棄できない)」。 引っかけは「遺言は18歳(or 20歳)から(→15歳から)」「公正証書遺言に証人は不要(→2人以上必要)」「自筆証書遺言の全文をパソコンで(→本文は自書、目録のみ可)」「秘密証書遺言は全文自書が必要(→署名押印で足り、本文は自書不要)」。 → R07 第21問 / R01 第21問
遺留分 ―「最低限の取り分の保障」
遺留分(いりゅうぶん)とは、
一定の相続人のために、法律上必ず残されなければならない遺産の最低限の取り分
です。たとえば「全財産を長男に」という遺言があっても、他の相続人は遺留分を主張して一定額を取り戻せます。
誰が持つか・どれだけか: - 遺留分を持つのは配偶者・子(直系卑属)・直系尊属。兄弟姉妹には遺留分がない(超頻出)。 - 総体的遺留分(遺産全体に対する割合):直系尊属のみが相続人のときは1/3、それ以外は1/2。 - 各人の遺留分 = 総体的遺留分 × その人の法定相続分。
計算例:子3人だけが相続人 → 総体的遺留分1/2 × 各人の法定相続分1/3 = 各人1/6(H20 第5問)。 配偶者+子2人 → 配偶者は1/2×1/2=1/4、子1人は1/2×1/4=1/8(R03 第7問)。
遺留分侵害額請求権 ―【改正の最重要ポイント】
かつては遺留分減殺(げんさい)請求といい、遺贈・贈与そのものを取り消して現物を取り戻す制度でした。 しかし相続法改正(令和元年施行)により、名称が「遺留分侵害額請求」に変わり、"金銭の支払いを請求する"制度になりました。 これにより、事業承継で自社株が細分化される事態を避けやすくなっています。
| 旧:遺留分減殺請求 | 現行:遺留分侵害額請求 | |
|---|---|---|
| 効果 | 贈与・遺贈を減殺し現物を取り戻す | 金銭(侵害額相当)の支払いを請求 |
| 性質 | 形成権(意思表示で効果発生) | 同じく意思表示で足りる |
手続・期間のポイント(現行): - 請求は裁判外でも行使できる(訴えを起こす必要はなく、意思表示でよい)。 - 消滅時効は「相続開始および遺留分侵害を知った時から1年」(+相続開始から10年の除斥期間)。「相続開始から1年」ではない。 - 相続開始前の遺留分放棄は、家庭裁判所の許可を受けて初めて効力を生じる。相続開始後の放棄は許可不要で自由にできる。
📝 過去問はこう出る(R07 第22問) 正解は「遺留分侵害額請求権は、裁判外で行使することも可能である」。 引っかけは「相続開始の時から1年で時効(→"知った時から"1年)」「相続開始後の遺留分放棄に家裁の許可が必要(→許可が要るのは相続開始"前"の放棄)」「兄弟姉妹も遺留分を有する(→兄弟姉妹に遺留分はない)」。 → R07 第22問 / H20 第5問
8-5 事業承継と相続 ―「会社を確実に継がせる」(診断士の本業)
事業承継で起きる「遺留分」の問題
中小企業のオーナー経営者が、後継者(例:長男)に自社株式を集中して承継させたいとき、大きな壁になるのが遺留分です。 自社株を後継者に集中させると、他の相続人(後継者以外の子など)の遺留分を侵害しやすくなります。 そうすると、後継者は遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求され、場合によっては承継した株式や事業用資産を売却せざるを得ない事態になりかねません。これでは会社の支配が不安定になります。
経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」
この問題に対処するため、中小企業経営承継円滑化法は「遺留分に関する民法の特例」を用意しています。除外合意と固定合意の2つが柱です。
| 合意 | 内容 | ねらい |
|---|---|---|
| 除外合意 | 後継者が生前贈与で得た自社株式を、遺留分算定の基礎財産から除外する合意 | 後継者の株式が遺留分請求の対象から外れ、確実に集中承継できる |
| 固定合意 | 自社株式の算入価額を合意時の価額に固定する合意 | 後継者の努力で株価が上がっても、遺留分の計算上は増えない(値上がり分を守る) |
適用の要件(超頻出): - 推定相続人全員の合意が必要(過半数では足りない)。 - 経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可の双方が必要(「地方裁判所」ではなく家裁)。「大臣の許可」でもない(大臣は"確認")。 - 後継者が贈与等により会社の議決権の過半数を保有していることが要件(「3分の1で足りる」は誤り)。 - 除外合意と固定合意は併用・部分的な組み合わせが可能(一部を除外、残りを固定など)。 - ※平成27年の改正で、個人事業者の事業用資産にも適用が拡大された(「中小企業者のみ」は現行では誤り)。
💡 覚え方:「全員の合意 + 大臣の確認 + 家裁の許可」の3点セット 特例を効かせる要件は、①推定相続人"全員"の合意、②経済産業大臣の"確認"、③家庭裁判所の"許可"。 「過半数でよい」「地方裁判所」「大臣の許可」はすべて典型的な誤り選択肢です。
📝 過去問はこう出る(R05 第17問・R03 第7問) R05第17問:自社株・事業用資産を次男に集中したいケース。設問1の空欄は「遺留分」、設問2の正解は「経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可の双方が必要」。後継者の議決権は過半数が必要/推定相続人全員の合意が必要/個人事業主も対象、が正誤ポイント。 R03第7問:設問1の正解は「相続開始前の遺留分放棄は家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じる」。 → R05 第17問 / R03 第7問
📝 過去問はこう出る(H27 第5問・H29 第5問・H24 第12問) H27第5問の正解は「一部を除外合意、残りを固定合意の対象とできる」(併用可)。「大臣の許可」「議決権50%超でも利用できる」は誤り。 H29第5問の正解は「合意当事者の代襲者が旧代表者の養子となった等、前提が変動すると合意は効力を失う」。当事者となっていない推定相続人がいれば合意は成立しない、が急所。 H24第12問(設問2)の正解は「推定相続人全員の合意で、自社株式を遺留分算定の基礎財産に算入しない(=除外合意)とできる」。効力発生に必要なのは家裁の許可であって地方裁判所ではない。 → H27 第5問 / H29 第5問 / H24 第12問
この章のまとめ(試験直前チェック)
- ☐ 物権=モノを直接支配し、誰に対しても主張できる権利(債権は人への請求・相手だけ)
- ☐ 共有の3区分:保存=単独/管理(賃貸・その解除)=持分の過半数/変更・処分=全員
- ☐ 不法占有者への明渡し・無権利者の登記抹消=保存行為(単独)/持分の処分は自由/放棄した持分は他の共有者へ
- ☐ 損害賠償は自分の持分の割合の分だけ/所有権確認の訴えは全員で
- ☐ 知財の共有:特許は各自自由に実施できる(譲渡は要同意)/著作権は行使すら全員の合意
- ☐ 担保物権で留置権だけ優先弁済的効力なし → 物上代位できない(抵当・質・先取特権はできる)
- ☐ 民事留置権=他人の物・牽連性必要/商事留置権=債務者所有・牽連性不要/占有喪失で消滅
- ☐ 倒産手続:担保を取り込むのは会社更生だけ/否認権がないのは特別清算だけ
- ☐ 消滅時効(現行)=知った時から5年 or 行使できる時から10年。短期時効は廃止/援用は直接利益を受ける者
- ☐ 法定相続分:配偶者+子=1/2:1/2、+直系尊属=2/3:1/3、+兄弟姉妹=3/4:1/4
- ☐ 代襲原因は死亡・欠格・廃除の3つ(放棄は代襲しない)/兄弟姉妹の代襲は一代限り/胎児も相続
- ☐ みなし相続財産=遺産+特別受益−寄与分/最終取り分で特別受益は引き、寄与分は足す
- ☐ 限定承認=共同相続人全員で/相続放棄=各自単独で(熟慮期間は知った時から3か月・撤回不可)
- ☐ 可分債務(借金)は法定相続分で当然分割/遺産分割協議は債権者に対抗できない/協議書≠相続放棄
- ☐ 相続した株式は準共有。権利行使者1名を持分の過半数で定めて会社に通知
- ☐ 遺言能力は満15歳/撤回はいつでも自由(放棄不可)/検認は有効無効を決めない
- ☐ 遺言方式:自筆証書=全文自書+押印(目録は可)/公正証書=証人2人以上/秘密証書=本文自書不要
- ☐ 遺留分:兄弟姉妹にはない/総体的遺留分は原則1/2(直系尊属のみ1/3)
- ☐ 遺留分侵害額請求(改正で"金銭請求"に):裁判外で行使可/時効は知った時から1年/相続開始"前"の放棄は家裁の許可
- ☐ 事業承継の民法特例=除外合意・固定合意:全員の合意+大臣の確認+家裁の許可/議決権過半数が要件
この章に対応する主な過去問
| 年度・問 | 論点 | リンク |
|---|---|---|
| R07 第17問 | 共有(保存・管理・変更の3区分) | 問題 |
| R01 第17問 | 共有(保存行為・訴訟) | 問題 |
| R05 第20問 | 共有(知財の実施・利用) | 問題 |
| H28 第17問 | 共有(登記抹消・準共有) | 問題 |
| H24 第8問 | 特許権の共有 | 問題 |
| R01 第18問 | 物上代位(担保物権) | 問題 |
| H29 第16問 | 民事留置権・商事留置権 | 問題 |
| H28 第5問 | 法的倒産手続(担保権・否認権・相殺権) | 問題 |
| R02 第18問 | 時効(改正民法) | 問題 |
| H30 第16問 | 時効の援用権者 | 問題 |
| H20 第2問 | 相続(限定承認・相続放棄) | 問題 |
| R02 第4問 | 相続の限定承認 | 問題 |
| R01 第4問 | 相続分の計算(特別受益・寄与分) | 問題 |
| H30 第20問 | 法定相続人と相続分 | 問題 |
| R04 第21問 | 相続人と法定相続分(代襲相続) | 問題 |
| R04 第22問 | 相続(改正民法・配偶者居住権) | 問題 |
| H24 第5問 | 遺産分割と相続債務 | 問題 |
| H30 第3問 | 株式の共同相続(準共有・権利行使) | 問題 |
| H26 第1問 | 株式の相続と準共有 | 問題 |
| R07 第21問 | 遺言(方式・撤回) | 問題 |
| R01 第21問 | 遺言 | 問題 |
| R07 第22問 | 遺留分(侵害額請求) | 問題 |
| H20 第5問 | 相続と遺留分 | 問題 |
| R05 第17問 | 事業承継と遺留分(自社株式の集中承継) | 問題 |
| R03 第7問 | 事業承継と相続(遺留分・種類株式) | 問題 |
| H27 第5問 | 経営承継円滑化法の遺留分特例 | 問題 |
| H29 第5問 | 経営承継円滑化法の遺留分特例 | 問題 |
| H24 第12問 | 経営承継円滑化法の遺留分特例 | 問題 |
次章予告 ▶ 第9章「製造物責任と消費者保護」 本章までの民法の一般ルールに続き、次章ではPL法(製造物責任法)と、消費者を守る消費者契約法・特定商取引法などを扱います。 「欠陥のある製品で事故が起きたら、メーカーは過失がなくても責任を負うのか?」——ビジネスに直結する重要分野です。