第5章 組織再編・M&A・事業承継
この章のねらい 会社は、生き物のように「くっつく(合併)」「分かれる(会社分割)」「事業を売り買いする(事業譲渡)」 「親子会社の関係をつくる(株式交換・株式移転・株式交付)」といった、形を変える手続を行います。 これらをまとめて 組織再編 と呼びます。さらに、後継者にバトンを渡す 事業承継 や、 会社を丸ごと買う M&A(企業買収) も、この章の仲間です。
過去問での出方:経営法務でも屈指の頻出テーマで、ほぼ毎年1〜2問出ます(H19〜R07で28問)。 出方には明確なクセがあり、①合併・会社分割・事業譲渡の"3兄弟"を横に並べて違いを問う、 ②債権者保護手続や労働契約の承継が「必要か・不要か」を問う、③簡易手続・略式手続の可否を表で問う、 ④事業承継(株式集中・遺留分)を問う、の4パターンがほとんどです。 覚えることは多いですが、「なぜその手続が要るのか(趣旨)」をつかむと丸暗記から解放され、得点源になります。
5-0 この章の地図
この章の主役は、会社の形を変える4つの手法です。まず全体像を、「権利義務がどう動くか」という 1本の軸でつかんでおきましょう。ここが分かると、細かい手続の必要・不要が自然に導けます。
<会社の形を変える4つの手法>
5-1 合併 … 2つの会社が1つに。消滅会社は"消える"
→ 権利義務は【包括承継】(まるごと自動で移る)
│
5-2 会社分割 … 事業のかたまりを、別の会社に移す
→ 権利義務は【(部分的)包括承継】(契約で決めた範囲がまるごと移る)
│
5-3 事業譲渡 … 事業を"売買"する取引契約
→ 権利義務は【特定承継】(1つずつ、相手の同意を得て移す)
│
5-4 株式交換 … 会社は消えず、"親子関係"だけをつくる
・株式移転 → 100%親子会社(完全子会社化)をつくる手法
・株式交付
│
5-5 簡易・略式手続 … 影響が小さい/支配関係がある時、株主総会を省略できる特例
│
5-6 事業承継 … 会社(株式)を後継者やM&A相手にバトンタッチする
💡 この章の最重要ワード「包括承継」と「特定承継」 - 包括承継:資産・負債・契約が まとめて自動的に 移ること(=相続に似ています)。合併・会社分割がこれ。 - 特定承継:1つずつ・個別に 移すこと。事業譲渡がこれ。 だから事業譲渡では、債務や契約を移すのに相手(債権者・取引先)の同意が1件ずつ必要になります。
この「包括か特定か」の違いが、債権者保護手続の要・不要や取引先の同意の要・不要の すべての分かれ目になります。まずこの1点を頭に刻んでください。
5-1 合併(吸収合併・新設合併)の手続と効果
合併とは ― 2つの会社が「1つ」になる
合併とは、複数の会社が契約によって1つの会社にまとまる組織再編です。2つの型があります。
| 型 | イメージ | どの会社が残る? |
|---|---|---|
| 吸収合併 | A社がB社に吸収される | 存続会社(B社)が残り、消滅会社(A社)は消える |
| 新設合併 | A社とB社が合体して新しいC社になる | 新設会社(C社)が生まれ、A社もB社も消える |
実務では手続が簡単な吸収合併がほとんどです。以下も吸収合併を中心に説明します。
合併の「効果」― ここが試験の急所
合併の最大のポイントは、消滅会社の権利義務が、存続会社に "まるごと自動的に" 移ることです(=包括承継)。
<吸収合併の効果イメージ>
消滅会社A 存続会社B
┌─────────┐ ┌─────────┐
│ 資産 │ │ もともとの │
│ 負債(債務)│ ==包括承継==→ │ B社 + A社 │
│ 契約 │ (自動で全部) │ の全部 │
│ 従業員 │ └─────────┘
└─────────┘
A社は解散・消滅 B社が全部を引き継ぐ
(清算手続は不要)
ここから、試験で問われる効果の要点が3つ出てきます。
- 消滅会社は当然に解散・消滅する(清算手続を経ずに消える)。
- 債務も当然に承継される(債権者の同意は不要。=だからこそ後述の「債権者保護手続」で債権者を守る)。
- 合併の効力は、合併契約で定めた「効力発生日」に生じる(登記は効力発生の要件ではない)。
⚠️ 混同注意:「効力発生日」と「登記」は別モノ - 合併の効力は、契約で定めた効力発生日に自動的に生じます(会社法750条1項)。 - 登記は、その事実を世間に知らせる(=第三者に対抗するための)手続にすぎません。 消滅会社の解散は、合併の登記の後でなければ第三者に対抗できません(750条2項)。 「効力が生じる日」=効力発生日、「他人に主張できるようになる日」=登記、と切り分けましょう。
📝 過去問はこう出る(R02 第5問) 「株式会社の合併に関する記述として最も適切なもの」を選ぶ問題。 正解はア「消滅会社の解散は、合併の登記の後でなければ第三者に対抗できない」(750条2項)。 - イ(×):債権者異議手続が終わっていない場合、効力発生日でも効力は生じない(終わっていなくても承継する、は誤り)。 - ウ(×):許認可などの公法上の権利義務は「種類を問わず当然に全部」承継されるわけではない(個別法に定めがある場合だけ)。 - エ(×):合併の対価は株式に限られず、金銭等でもよい(対価の柔軟化。749条1項2号)。 → R02 第5問
対価の柔軟化 ― 合併の対価は「株式」でなくてもいい
かつて合併の対価は存続会社の株式が基本でしたが、現在は対価を自由に設計できます(対価の柔軟化)。 存続会社の株式・金銭・社債などから選べます。これは合併・会社分割・株式交換に共通するルールで、 過去問で繰り返し「対価は株式に限られる」という誤りの選択肢として出ます。「対価=柔軟」と覚えましょう。
このルールを使うと、三角合併という応用技も可能です(→ 5-4で解説)。
合併の手続の流れ
合併は会社の根幹を変えるので、丁寧な手続が法定されています。おおまかな流れは次のとおりです。
① 合併契約の締結
↓
② 事前開示書面の備置き(契約内容を本店に置き、株主・債権者が見られるようにする)
↓
③ 株主総会の特別決議で合併契約を承認(※簡易・略式なら省略可 → 5-5)
↓
④ 反対株主への対応(株式買取請求権の機会を保障)
+ 債権者保護手続(債権者異議手続)
↓
⑤ 効力発生日 … 合併の効力が生じる
↓
⑥ 登記(第三者への対抗要件)
債権者保護手続(債権者異議手続)は特に重要です。合併では消滅会社の債務が自動で存続会社に移り、 債権者にとっては「取り立てる相手(=責任財産)」が変わってしまうため、次の手続で債権者を守ります。
- 官報による公告+知れている債権者への各別の催告を行う。
- 債権者が異議を述べれば、原則として弁済や担保提供などの対応が必要になる。
- 異議を述べる期間は1か月以上を確保しなければならない。
📝 過去問はこう出る(H23 第3問) 消滅会社側の手続を問う問題。正解はウ 「消滅会社は、官報公告に加え、知れている債権者に各別の催告をしなければならない(789条2項)」。 債権者が1社しかいなくても、公告と催告の双方が必要(定款で電子公告等にしていない限り)という点が急所です。 「契約調印の翌日から事前開示」「効力は登記日に生じる」といった時期のすり替えが誤りの選択肢でした。 → H23 第3問
5-2 会社分割 ― 債権者保護・労働契約の承継・濫用的会社分割
会社分割とは ― 事業の「かたまり」を切り出して移す
会社分割とは、ある会社の事業に関する権利義務を、まるごと(包括的に)別の会社に移す手続です。 合併と同じく2つの型があります。
| 型 | イメージ | 移す先 |
|---|---|---|
| 吸収分割 | 事業を、既にある別の会社に移す | 既存の承継会社へ |
| 新設分割 | 事業を、新しく作る会社に移す | 新設会社へ |
会社分割の効果は包括承継です。ただし合併と違い、分割契約(計画)で「どの事業・どの権利義務を移すか」を 決められる点がミソです。決めた範囲が、まるごと・自動的に(個別の同意なしに)移ります。
<会社分割(吸収分割)のイメージ>
分割会社X 承継会社Y
┌───────────┐ ┌───────────┐
│ a事業 │ ==契約で決めた==→ │ Y社 │
│ b事業 ───┼── b事業を移す ─→ │ + b事業 │
│ 不動産 │ └───────────┘
└───────────┘
Xは残る(消えない) 対価(株式や金銭)を受け取る
対価を「誰が」受け取るか ― 物的分割と人的分割
会社分割では、承継会社が渡す対価(株式など)を 誰が受け取るか で2種類に分かれます。ここが債権者保護と直結します。
| 呼び方 | 対価を受け取る人 | 分割会社の財産は? |
|---|---|---|
| 物的分割(分社型) | 分割会社(X社)自身 | 事業は出るが対価が入るので 財産は維持 される |
| 人的分割(分割型) | 分割会社の株主(対価が会社の外へ流出) | 対価が会社外へ出るので 財産が減る |
※現行会社法では、人的分割は「物的分割+剰余金の配当」として整理されています。
会社分割の債権者保護手続 ― 「害される人だけ」を守る
会社分割の債権者保護手続は、合併より少し複雑です。ポイントは 「分割で不利益を受けるおそれのある債権者だけ」が異議を述べられることです。次のように整理します。
- 分割会社(X社)側:分割後にX社へ請求できなくなる債権者(=債務が承継会社へ移り、X社が免責される債権者)が対象。 → 逆に、分割後もX社に請求し続けられる債権者は、不利益がないので保護手続の対象外。
- 承継会社(Y社)側:Y社の財産構成が変わるので、Y社の債権者は原則みな対象。
- 人的分割の場合:対価が会社外(株主)へ流出しX社の財産が減るため、X社に残る債権者も害され、対象になる。
📝 過去問はこう出る(H23 第2問) 「どの債権者に債権者保護手続が必要か」を組み合わせで選ぶ問題。 正解はウ(B社とD社)。 - B社(必要):X社の支店の債権者で、債務がY社に移りX社は免責される → X社側で保護が必要。 - D社(必要):承継会社Y社の債権者 → Y社の財産が変わるのでY社側で保護が必要。 - A社・C社(不要):分割後もX社に請求し続けられ、不利益がない。 「免責される(=請求先を失う)債権者だけが守られる」という考え方が急所です。 → H23 第2問
📝 過去問はこう出る(H29 第2問) 吸収分割・物的分割・人的分割の3類型で、異議を述べられる債権者の範囲を問う問題(正解ア)。 - 物的分割:対価がX社に入り財産が維持されるので、承継させる債務の債権者だけが対象。 - 人的分割:対価が会社外へ流出しX社財産が減るので、承継されない(=X社に残る)債務の債権者も対象。 「財産が減るかどうか」で残存債権者を守るか否かが決まる、という視点で解けます。 → H29 第2問
労働契約の承継 ― 「労働契約承継法」による通知
会社分割は包括承継なので、放っておくと従業員も本人の同意なく別会社へ移ってしまいます。 そこで 労働契約承継法 が、従業員を守るためのルール(会社が本人へ通知し、場合により異議を申し出る機会を与える)を定めています。
通知が必要な労働者は、次のいずれかです。
- 承継される事業に 主として従事している労働者(=主従事者。承継対象にするか否かを問わず通知が必要)
- 上記以外で、分割契約により 承継対象として記載された労働者
逆に、「主従事者でなく、かつ承継対象にもされない」労働者には通知は不要です。
💡 覚え方:通知が要るのは「主として従事する人」か「移されると書かれた人」。 どちらでもない人(残る非主従事者)だけが通知不要、と押さえます。 特に、主従事者なのに分割会社に残される人は、「移りたかったのに残された」という不利益がありうるので、 異議を述べる機会を保障するために通知が必要です(ここが引っかけ)。
📝 過去問はこう出る(H22 第4問) 従業員A〜Dのうち通知が必要な者の組み合わせを問う問題。正解はイ(A・B・D)。 - A(必要):営業(承継対象事業)の主従事者で承継される。 - B(必要):総務所属で主従事者ではないが、承継対象に記載された。 - D(必要):営業に異動した主従事者なのに、分割会社に残される → 異議の機会保障のため通知必要。 - C(不要):経理で主従事者でなく、承継もされず会社に残る。 → H22 第4問
濫用的(詐害的)会社分割 ― 悪用への対抗手段
会社分割は「良い事業だけ新会社に移し、借金は元の会社に残す」という形で、債権者を害する悪用が起こりえます。 これを 濫用的(詐害的)会社分割 といいます。
このとき害された債権者(残された会社の債権者)は、次の手段で移転先の会社に責任を追及できます。
- 詐害行為取消権(民法424条):債務者が債権者を害すると知って行った財産の処分(=会社分割による資産移転)を 取り消して、移転先の会社に責任を追及する。
- ※現在は会社法にも救済規定があり、残存債権者が承継会社へ直接、履行を請求できる制度が新設されています (平成26年会社法改正。会社法759条4項等)。ただし過去問(H24)当時は詐害行為取消権による処理が基本でした。
📝 過去問はこう出る(H24 第3問) 優良事業だけを新会社に移し債務を残した濫用的会社分割で、害された債権者X社が移転先へ請求する法的根拠を問う問題。 正解はイ(詐害行為取消権・民法424条)。 - ア(×)債権者代位権:債務者が使わない権利を代わりに行使する制度で、財産移転を覆す本件には合わない。 - ウ(×)併存的債務引受・エ(×)連帯保証:移転先が引き受けたり保証した事実はないので根拠にならない。 ※現行法では会社法759条4項による直接請求も可能、と注記して押さえておきましょう。 → H24 第3問
5-3 事業譲渡と組織再編(合併・会社分割)の違い ★頻出
事業譲渡とは ― 事業の「売買」という取引
事業譲渡は、事業(資産・負債・契約・従業員・のれん等のまとまり)を、売買のように"取引"で移す方法です。 合併や会社分割が会社法上の「組織再編行為」であるのに対し、事業譲渡はあくまで当事者間の「契約(取引)」という点が根っこの違いです。
この根本の違いから、試験頻出の「3兄弟の比較表」がすべて導けます。
| 論点 | 合併(吸収合併) | 会社分割(吸収分割) | 事業譲渡 |
|---|---|---|---|
| 法的性質 | 組織再編行為 | 組織再編行為 | 取引(売買契約) |
| 権利義務の移り方 | 包括承継(全部自動) | (部分)包括承継(決めた範囲が自動) | 特定承継(1つずつ) |
| 債務の承継 | 当然に承継 | 契約で決めた範囲を当然承継 | 債権者の同意が必要(免責的債務引受) |
| 契約・取引先の承継 | 当然に承継 | 決めた範囲を当然承継 | 相手方の同意が必要 |
| 債権者保護手続 | 必要 | 必要 | 不要(個別同意で処理) |
| 事前開示書面の備置き | 必要 | 必要 | 不要 |
| 消滅会社の解散 | 消滅会社は当然に解散 | 分割会社は解散しない | 譲渡会社は当然には解散しない |
| 相手方(当事者)の資格 | 会社でなければならない | 会社でなければならない | 会社でなくてもよい(個人事業主も可) |
| 反対株主の株式買取請求権 | あり | あり | あり(一定の場合) |
⚠️ ここが最頻出:事業譲渡は「1件ずつ・同意が必要」 合併・会社分割は包括承継なので、債務も契約も自動で移ります。 一方、事業譲渡は特定承継なので、債務を移すには債権者の同意、契約を移すには取引先の同意が 1件ずつ必要です。この「同意の要・不要」を入れ替えた選択肢が、毎年のように誤りとして出ます。
事業譲渡の手続の要点
- 事業の全部、または重要な一部を譲渡する場合、譲渡会社では株主総会の特別決議が必要(会社法467条)。
- 反対株主には株式買取請求権が認められる(469条)。
- ただし、事業全部の譲渡と同時に解散決議をする場合は、株式買取請求権は発生しない(469条1項1号)。
- 事業譲渡には、会社法上の債権者保護手続(債権者異議手続)はない(債権者の同意で個別に処理する)。
- 対価に法律上の制限はない(金銭でも譲受会社の株式でもよい)。
📝 過去問はこう出る(R05 第6問) 吸収合併(消滅会社X)と事業譲渡を比較する対話問題。正解は設問1=イ、設問2=エ。 - A:合併は債務が当然承継、事業譲渡は債権者の承諾がなければX社は債務を免れない。 - B:合併・事業譲渡いずれも対価は金銭に限られない。 - C:合併ではX社は当然に解散、事業譲渡では当然には解散しない。 - D:合併の相手は会社でなければならないが、事業譲渡は個人事業主(乙氏)が相手でもよい。 → R05 第6問
📝 過去問はこう出る(R01 第2問) 事業譲渡そのものを問う問題。正解はイ 「事業の全部・重要な一部の譲渡には株主総会の特別決議が必要で、反対株主に株式買取請求権が認められる(469条)」。 - ア(×):対価は金銭に限られない。 - ウ(×):重要な一部の譲渡も特別決議が必要。 - エ(×):事業譲渡は特定承継なので、債務移転・契約移転には個別の同意が必要。 → R01 第2問
📝 過去問はこう出る(H26 第18問) 会社分割(吸収分割)と事業譲渡の相違を問う問題。正解はア 「会社分割では事前開示書面の備置きが必要だが、事業譲渡にはそのような開示制度はない」。 - イ(×):説明が逆(債務移転に個別同意が要るのは事業譲渡のほう)。 - エ(×):会社分割の対価は株式に限られず、事業譲渡の対価も金銭に限られない(どちらも柔軟)。 → H26 第18問 / 同種の比較はR07 第6問(会社分割=包括承継・債権者保護必要、事業譲渡=特定承継・個別同意)でも問われました。
💡 M&Aの手法選びの視点(H25 第1問) 買収手法にはそれぞれメリット・デメリットがあります。 - 株式の譲受け:特約がない限り、取引先の同意は不要(会社の株主が変わるだけで、契約の当事者は変わらない)。 - 事業譲受け:承継する資産・負債・契約を個別に特定するので、簿外の偶発債務を切り離せるメリット。 - 吸収分割:包括承継なので手続は楽だが、取引の相手(分割会社)が退いた後の責任追及がしにくい面がある。 → H25 第1問
5-4 株式交換・株式移転・株式交付
まず全体像 ― 「会社は消えず、"親子関係"だけをつくる」
5-1〜5-3の手法は、事業や会社そのものを動かしました。これに対し株式交換・株式移転・株式交付は、 会社を消さずに、株式のやり取りだけで"親子会社の関係"をつくる手法です。3つの違いは「誰が親になるか」で整理できます。
| 手法 | 何をする? | 親会社は? | 子会社化の程度 |
|---|---|---|---|
| 株式交換 | ある会社を、既存の会社の完全子会社にする | 既存の会社 | 100%(完全子会社) |
| 株式移転 | ある会社(複数も可)が、新設する持株会社の完全子会社になる | 新しく作る親会社 | 100%(完全子会社) |
| 株式交付 | ある会社を、自社の子会社にする(100%でなくてよい) | 買収する側の会社 | 過半数など(子会社化。100%不要) |
<株式交換> <株式移転>
X社(既存) 新設のP社(持株会社)
│ 100% │ 100%
▼ ▼
Z社 ← Z社株主にX社株式を交付 A社・B社(それぞれ完全子会社に)
<株式交付>(100%でなくてよい点がポイント)
買収会社
│ 過半数など(子会社化する程度でOK)
▼
対象会社
- 株式交換:既存の会社が親になり、対象会社を丸ごと100%子会社にします。対象会社の株主には、対価(親会社株式や金銭)が渡ります。
- 株式移転:持株会社(ホールディングス)を新設して、その下に会社をぶら下げるときに使います。
- 株式交付:比較的新しい制度で、100%にしなくても(過半数取得などで)子会社化できるのが特徴。 相手会社の株主が任意に応じる形なので、全株主の同意までは要りません。
三角合併 ― 対価柔軟化を使った応用技
5-1で学んだ対価の柔軟化を使うと、三角合併という手法が可能です。これは、 子会社が存続会社となって相手を吸収合併し、消滅会社の株主に対価として"親会社の株式"を交付する方法です。
<三角合併>
親会社X ──(Xの株式をY社に用意)
│
▼子会社
Y社(存続会社)== 吸収合併 ==→ Z社(消滅会社)
↑ Z社の株主には「親会社Xの株式」を交付
株式交換に似た効果(Z社を実質グループ内に取り込む)を、合併の形で実現できます。
📝 過去問はこう出る(H19 第5問) X社がZ社を傘下におさめる手法として、株式交換と三角合併を比較する問題。 - 設問1(株式交換・正解ア):X社がZ社の発行済株式全部を取得し、対価としてX社株式等をZ社株主に交付し、Z社をX社の完全子会社にする。 - 設問2(三角合併・正解イ):X社の子会社Y社が存続会社となってZ社を吸収合併し、Z社株主に親会社X社の株式を交付する。 - 設問3(違い・正解ア):株式交換ではX社の株主総会の承認が必要だが、三角合併ではX社は当事者でないためX社の株主総会承認は不要。 「誰が親会社になり、誰が当事者か」を図で押さえると解けます。 → H19 第5問
⚠️ 混同注意:「株式移転」と「新設分割」を取り違えない - 株式移転:会社は残したまま、株式だけを新設の親会社に移して完全子会社にする。 - 新設分割:事業を新設会社に移す(=会社分割の一種)。 どちらも「新設」の語が入りますが、動かすのが株式か事業かで別物です。
5-5 簡易手続・略式手続
なぜ「株主総会を省略できる特例」があるのか
合併・会社分割・事業譲渡・株式交換などの組織再編は、原則として株主総会の特別決議が必要です。 しかし、株主への影響が小さい場合や支配関係がはっきりしている場合にまで毎回総会を開くのは大変です。 そこで、株主総会決議を省略できる2つの特例が用意されています。
| 特例 | どんな時に使える? | ざっくりの発想 |
|---|---|---|
| 簡易手続 | 組織再編の規模が小さいとき(対価が純資産の5分の1以下など) | 「影響が小さいから、いちいち総会は要らない」 |
| 略式手続 | 相手が特別支配会社(議決権の9割以上を持つ会社)のとき | 「結果が見えているから、総会は要らない」 |
💡 覚え方:簡易=規模が"小さい"(小規模) / 略式=支配が"強い"(特別支配)。 「小さいから省略」が簡易、「支配で結果が決まっているから省略」が略式、と対にして覚えます。
「どちら側で」「どの再編で」使えるか ― 表で整理
試験は、「消滅側・存続側」「合併・分割」の組み合わせで簡易・略式が使えるかを表で問います。ポイントは次の考え方です。
- 簡易手続は、影響の小さい受け入れ側(存続会社・承継会社)や、小規模な分割をする分割会社で使える。 → 消滅会社は、会社そのものが消え全株主に重大な影響が及ぶので、簡易手続は使えない。
- 略式手続は、特別支配会社との間(=支配・被支配の関係がある既存の相手がいる)で使える。 → 新設型(新設合併・新設分割)は、相手方の既存会社が存在しないので、略式手続は観念できない。
📝 過去問はこう出る(H30 第2問) 合併・会社分割で簡易手続・略式手続の有無を表で埋める問題。正解はエ(A:× B:○ C:○ D:×)。 - A(吸収合併の消滅会社の簡易手続)=×:消滅会社は消えるので簡易は不可。 - B(吸収合併の消滅会社の略式手続)=○:存続会社が特別支配会社なら消滅会社側で略式が可能。 - C(新設分割の分割会社の簡易手続)=○:分割する資産が小規模なら簡易が可能。 - D(新設分割の分割会社の略式手続)=×:新設型は相手の既存会社がなく略式は観念できない。 → H30 第2問
簡易手続で気をつける「例外」
簡易手続は便利ですが、株主への影響が大きくなる場合には使えない例外があります。頻出は次の2つです。
- 存続会社が公開会社でなく(全株式が譲渡制限株式)、対価として譲渡制限株式を交付する場合は、簡易合併を使えない。 → 譲渡制限株式の割当ては既存株主の持株比率を大きく動かすため。
- 簡易手続の場合、(存続会社などでは)反対株主の株式買取請求権が原則として認められない。 → 影響が小さいことが前提だからです。
📝 過去問はこう出る(R03 第3問) 簡易合併手続に関する記述を問う問題。正解はエ 「存続会社が公開会社でなく、対価の全部または一部が譲渡制限株式である場合は、簡易合併を用いることができない」。 - ア(×):合併では債務を承継するので債権者保護手続は必要。 - イ(×):異議申述期間は1か月以上(20日では足りない)。 - ウ(×):簡易で省略されるのは存続会社の総会決議。消滅会社の承認は省略されない。 → R03 第3問 / 消滅会社・存続会社の手続比較はH21 第1問でも問われました。
⚠️ 混同注意:簡易でも「省けないもの」がある 簡易・略式で省けるのは株主総会決議が中心です。 債権者保護手続(合併・会社分割で必要)は、株主とは別に債権者を守る手続なので、簡易でも省けません。 「簡易だから債権者保護手続も不要」は典型的な誤りです。
5-6 事業承継(株式譲渡・M&A・企業買収手続の段階)
事業承継とは ― 会社(株式)を次の担い手に渡す
事業承継とは、経営者が引退する際に、会社の経営(=多くは株式)を後継者に引き継ぐことです。 中小企業では株式が経営権そのものなので、「株式をどう集中して渡すか」が最大のテーマになります。 承継先で分けると、大きく3つのルートがあります。
<事業承継のルート>
① 親族内承継 … 子など親族へ(株式を贈与・相続で渡す)→ 遺留分が問題に(後述)
② 従業員承継 … 役員・従業員へ(MBO 等)
③ 第三者へのM&A … 外部へ会社・事業を売却(株式譲渡・事業譲渡など)
株式の集中承継と「遺留分」の壁
後継者(例:次男)に株式を集中して渡したいとき、立ちはだかるのが遺留分です。
- 遺留分とは、一定の相続人に法律上必ず保障される、遺産の最低限の取り分です(民法1042条以下)。
- 生前贈与や遺言で株式を後継者に集中させても、他の相続人の遺留分を侵害すると、 遺留分侵害額請求を受け、後継者が金銭を支払う必要が生じたり、株式が分散するおそれがあります。
この問題を和らげるのが、経営承継円滑化法の「民法特例」です。推定相続人全員の合意のもと、 後継者に贈与された自社株式を遺留分の計算から除外(除外合意)したり、価額を固定(固定合意)したりできます。
- 民法特例を受けるには、推定相続人全員の合意に加え、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可の両方が必要。
- 後継者が会社の議決権の過半数を保有していることなどが要件。
💡 用語整理:似た言葉を混同しないように。 - 遺留分=最低限保障される取り分(★これが集中承継の壁) - 法定相続分=民法が定める相続割合、指定相続分=遺言で指定した割合、寄与分=貢献した相続人の加算分。
📝 過去問はこう出る(R05 第17問) 自社株式を次男に集中承継する場面の問題。正解は設問1=ア、設問2=ウ。 - 設問1:一定の相続人に必ず留保される取り分の制度は遺留分(ア)(寄与分・指定相続分・法定相続分は別物)。 - 設問2:経営承継円滑化法の民法特例には、推定相続人全員の合意+経済産業大臣の確認+家庭裁判所の許可が必要(ウ)。 「全員の合意」「大臣確認と家裁許可の両方」がキーワードです。 → R05 第17問
スキームの選び方 ― 「何を残し、何を渡すか」
事業承継やM&Aでは、「どの事業を後継者に渡し、どの資産を手元に残すか」を、この章で学んだ手法を 組み合わせて設計します。会社分割で事業を子会社化し、その株式をM&A相手に譲渡する、といった形です。
📝 過去問はこう出る(H20 第4問) 「本業はY社へ渡し、不動産業は自分の手元に残したい」という社長の希望をかなえるスキームを問う問題。 正解は設問1=ア、設問2=イ。 - 設問1:不動産業をX社に残し、会社分割で本業を子会社化 → その子会社株式をY社へ譲渡する手順が希望に合致。 - 設問2:事業譲渡だと対象が「Y社の一部」に組み込まれるのに対し、株式譲渡なら対象事業が法人格を保ったまま会社ごとY社の子会社になる、という差異が本質。 → H20 第4問
特別支配株主の株式等売渡請求 ― 少数株主を締め出して株式を集中
株式を100%集中したいのに、少数株主が一部残っている……というとき使えるのが 特別支配株主の株式等売渡請求(キャッシュ・アウト)です。
- 特別支配株主とは、ある会社の総株主の議決権の10分の9(90%)以上を持つ株主のことです(会社法179条1項)。
- 特別支配株主は、他の株主に対し、その保有株式を自分に売り渡すよう請求でき、少数株主を金銭で締め出して株式を集中できます。
📝 過去問はこう出る(R06 第7問) 事業承継と組織再編を絡めた問題。正解は設問1=イ、設問2=エ。 - 設問1:特別支配株主とは、総株主の議決権の10分の9以上を有する株主(イ)。「5分の4」「発行済株式総数基準」は誤り。 - 設問2:事業全部の譲渡は組織再編と異なり債権者異議手続は不要。反対株主の株式買取請求権はあるが、 譲渡承認と同時に解散決議をする場合は株式買取請求権は生じない(469条1項1号)。 → R06 第7問
企業買収(M&A)の手続の段階
M&Aは、いきなり契約するのではなく、段階を踏んで進みます。流れと各段階の用語を押さえましょう。
① 秘密保持契約(NDA)の締結
… 相手の定款・株主名簿・財務資料などを見せてもらう前に、情報漏洩を防ぐ約束をする
↓
② 基本合意書の締結
… 買収価格・方法・スケジュールなど「大枠」で合意(価格は今後の調査で修正されうる)
↓
③ デューデリジェンス(Due Diligence/買収監査)
… 財務・法務・事業の「詳細調査」。価格の修正要因や、買収を断念すべきリスクを洗い出す
↓
④ 買収契約書(最終契約)の締結
… 調査結果をふまえて最終交渉し、正式契約を結ぶ
📝 過去問はこう出る(H19 第15問) 買収手続の段階と用語の組み合わせを問う問題。正解はウ。 A=秘密保持契約 → B=基本合意書 → C=デューデリジェンス → D=買収契約書の順が正しい流れです。 「まず秘密保持、次に大枠合意、それから詳細調査、最後に最終契約」という順番を覚えましょう。 → H19 第15問
💡 補足:企業結合と独占禁止法(HHI) 合併・株式取得・事業譲受けなど、市場での競争を実質的に制限する企業結合は、独占禁止法の規制対象になり、 一定規模を超える場合は公正取引委員会への事前届出が必要です。市場の集中度を測る指標として HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)が使われます(→ 独占禁止法の詳細は該当章を参照)。 組織再編は会社法だけでなく独禁法の壁もある、という視点を持っておきましょう(H27 第4問で出題)。
この章のまとめ(試験直前チェック)
- ☐ すべての土台=包括承継(合併・会社分割) vs 特定承継(事業譲渡)。ここから債権者保護・同意の要否が導ける
- ☐ 合併の効力は「効力発生日」に生じる/登記は第三者への対抗要件(効力発生の要件ではない)
- ☐ 合併の対価は株式に限られない(対価の柔軟化)=金銭等でもよい(会社分割・株式交換も同じ)
- ☐ 合併・会社分割では債権者保護手続(公告+各別の催告、異議期間1か月以上)が必要。事業譲渡は不要(個別同意で処理)
- ☐ 会社分割の債権者保護は「不利益を受ける(=免責される・財産が減る)債権者だけ」が対象
- ☐ 物的分割=財産維持で承継債務の債権者のみ/人的分割=財産流出で残存債権者も対象
- ☐ 労働契約承継法の通知が必要なのは、主従事者か承継対象に記載された者(主従事者を残す場合も通知必要)
- ☐ 濫用的会社分割への対抗=詐害行為取消権(民法424条)(※現行法は会社法759条4項の直接請求も)
- ☐ 事業譲渡は取引なので、債務・契約の移転に個別の同意が必要/事業の全部・重要な一部の譲渡は株主総会特別決議
- ☐ 株式交換=既存会社の完全子会社化/株式移転=新設持株会社の完全子会社化/株式交付=100%でなくてよい子会社化
- ☐ 三角合併=子会社が存続会社となり、消滅会社株主に親会社株式を交付する合併
- ☐ 簡易=小規模(消滅会社では不可) / 略式=特別支配会社(9割以上/新設型では不可)。簡易でも債権者保護手続は省けない
- ☐ 遺留分=相続人の最低取り分。集中承継の壁 → 経営承継円滑化法の民法特例(全員合意+大臣確認+家裁許可)
- ☐ 特別支配株主=議決権の10分の9以上を持つ株主。株式等売渡請求で少数株主を締め出せる
- ☐ M&Aの手続順=①秘密保持契約 → ②基本合意書 → ③デューデリジェンス → ④買収契約書
この章に対応する主な過去問
| 年度・問 | 論点 | リンク |
|---|---|---|
| H19 第5問 | 株式交換と三角合併の違い | 問題 |
| H19 第15問 | 企業買収手続きの段階 | 問題 |
| H20 第4問 | 事業承継(株式譲渡・会社分割スキーム) | 問題 |
| H21 第1問 | 簡易吸収合併の手続 | 問題 |
| H22 第4問 | 会社分割における労働契約の承継 | 問題 |
| H23 第2問 | 会社分割における債権者保護手続 | 問題 |
| H23 第3問 | 吸収合併の手続 | 問題 |
| H24 第3問 | 濫用的会社分割と債権者保護 | 問題 |
| H25 第1問 | 企業買収の手法(メリット・デメリット) | 問題 |
| H26 第18問 | 会社分割と事業譲渡の相違 | 問題 |
| H29 第2問 | 会社分割の手続(債権者異議の範囲) | 問題 |
| H30 第2問 | 合併・会社分割の簡易手続と略式手続 | 問題 |
| R01 第2問 | 株式会社の事業譲渡 | 問題 |
| R02 第5問 | 株式会社の合併 | 問題 |
| R03 第3問 | 簡易合併手続 | 問題 |
| R04 第5問 | 会社分割(吸収分割)と事業譲渡 | 問題 |
| R05 第6問 | 吸収合併と事業譲渡の手続 | 問題 |
| R05 第17問 | 事業承継と遺留分(民法特例) | 問題 |
| R06 第7問 | 事業承継と組織再編(特別支配株主) | 問題 |
| R07 第6問 | 事業部門の売却(M&Aの手法) | 問題 |
次章予告 ▶ 第6章「金融商品取引法と株式上場」 本章では会社の"形"を変える手続を学びました。次章では、会社が証券市場から資金を集めるときのルール、 すなわち金融商品取引法と株式上場(IPO)を扱います。ディスクロージャー(情報開示)、 インサイダー取引規制、公開買付け(TOB)など、投資家を守るための仕組みを見ていきます。