第15章 国際取引と英文契約

この章のねらい いよいよ最終章です。ここでは、日本の企業が海外の企業とモノを売買したり、技術をライセンス したりするときに出てくる国際取引のルールと、その約束事を書き込んだ英文契約書を扱います。 テーマは大きく4つ。①どんな条件でモノを引き渡すか(インコタームズ・危険負担)、 ②どの国の法律で判断するか(準拠法)、③もめたときどこで決着をつけるか(裁判管轄・仲裁)、 ④英文契約に決まって出てくるお約束の条項(一般条項)、です。

過去問での出方:経営法務では毎年ほぼ1〜2問、この分野から出ます。しかも近年は 短い英文の条項を示して「これは何の条項か/内容は正しいか」を読ませるパターンが定番です (R01・R02・R05・R06・R07…と連続出題)。英語が苦手でも大丈夫。キーワードと型を覚えれば 拾えるサービス問題が多く、ここは得点源になります。丸暗記ではなく「この英語が出たら、この条項」 という結びつけを作るのがコツです。


15-0 この章の地図

国際取引の契約書を1枚思い浮かべてください。そこに書いてあることを上から順にたどると、 この章の流れになります。「モノをどう渡すか → どの法律で読むか → もめたらどうするか → 最後にお約束の条項でしめる」という順序です。

15-1 国際売買契約          … モノの引渡し・危険・所有権
   │   (インコタームズ/危険負担・所有権移転/CISG)
   │
15-2 準拠法(通則法)       … 「どの国の法律で判断するか」
   │   (当事者自治=当事者が選べる/消費者・労働者の保護)
   │
15-3 紛争解決              … 「もめたらどこで決着させるか」
   │   (裁判管轄/国際仲裁の特徴・ニューヨーク条約)
   │
15-4 英文契約の頻出条項     … 決まり文句(一般条項)の型
       (秘密保持・準拠法・裁判管轄・分離可能性・非侵害の不保証・完全合意)
  • 15-1〜15-3は「契約の中身(実体)」の話。
  • 15-4は「その中身を英語でどう書くか(条項の型)」の話。
  • 試験では 15-1・15-4がとりわけ頻出です。まずこの2つを固め、15-2・15-3で肉付けしましょう。

15-1 国際売買契約 ― インコタームズ・危険負担・CISG

国境をまたいでモノを売買すると、船や飛行機での長い輸送が挟まります。すると 「どこまで売主が運び、どこから買主の責任になるのか」「途中で壊れたら誰が損をかぶるのか」 をはっきり決めておく必要があります。これを一発で解決する共通ルールがインコタームズです。

インコタームズとは ― 貿易条件の"共通辞書"

インコタームズ(Incoterms)とは、国際商業会議所(ICC)が定めた、貿易取引条件の解釈に 関する国際規則です。FOB・CIFといった数文字のアルファベット(貿易条件)が、 「費用をどこまで売主が持つか」「危険(リスク)がどこで買主に移るか」を意味します。

  • 数年ごとに改訂され、Incoterms 2000 → 2010 → 2020 と版が変わっています。 過去問では出題年によって版が違うので、問題文が指定した版に従えばOKです (例:H19は2000年版、H25は2010年版)。
  • インコタームズは当事者が「これに従う」と合意して初めて効くルールです(強制法ではありません)。

かみくだき:インコタームズは「貿易のためのミニ辞書」だと思ってください。 "FOB"と3文字書くだけで、「売主は本船に積むまで、そこから先は買主」という長い約束が 世界共通で通じる。だから貿易のたびに一から取り決めなくて済むのです。

代表的な貿易条件(まずこの4つ)

試験で問われるのはほぼ決まった顔ぶれです。危険(リスク)の分岐点とセットで覚えましょう。

貿易条件 読み方・意味 誰が費用を負担 危険が買主に移る時点
EXW Ex Works/工場渡し 売主の負担が最も軽い 売主の工場で買主に渡した時点
FOB Free On Board/本船渡し 買主が手配した船に積むまで売主 物品が本船の手すり(船側)を通過した瞬間
CIF Cost, Insurance and Freight/運賃保険料込み 売主が仕向港までの運賃+海上保険料も負担 FOBと同じく船積時(費用と危険の分岐がズレる)
DDP Delivered Duty Paid/仕向地持込渡し(関税込み) 売主の負担が最も重い(関税まで) 仕向地で買主が受け取れる状態にした時点

⚠️ 最重要の引っかけ:CIFは「費用」と「危険」の分岐点がズレる - 費用:売主が仕向港までの運賃・保険料を負担する(だから Cost, Insurance, Freight)。 - 危険:それでも船積時(本船の手すりを通過した時点)で買主に移る。 「CIFは運賃・保険料を負担しない」という選択肢は、まさにこのIとFを否定する誤りでした(H19第14問)。

💡 覚え方:船の"手すり"がリスクの境界線 FOB・CIFは在来船の海上輸送用の条件で、危険の分岐は昔から 「物品が本船の手すり(ship's rail/船側)を横切って通過した瞬間」と表現されます。 「FOB Osaka」なら大阪港が引渡場所、そこで船に積んだ瞬間に危険が移る、と読めれば正解できます。

📝 過去問はこう出る(H19 第14問) インコタームズ2000でFOB・CIFの解釈を問う問題。正解は 「FOB Osaka なら大阪港が引渡場所で、危険は本船の手すりを通過した瞬間に売主から買主へ移る」(選択肢イ)。 「CIFは運賃・保険料を負担しない」(ア)はCIFの意味の逆でバツ。 → H19 第14問

📝 過去問はこう出る(H25 第13問)買主が手配した輸送手段に売主が積み込んで引き渡す」状況の英文契約。 貿易条件は FOB(本船渡し)、解釈基準は INCOTERMS 2010(2013年時点の最新版)が正解。 ひっかけの CISG(ウィーン売買条約)・U.C.C.(米国統一商事法典)・UPICC(ユニドロワ原則)は いずれも貿易条件の解釈規則ではありません。ここは名前の区別だけで解けます。 → H25 第13問

危険負担と所有権移転 ― 「別々に」移る

英文契約では、危険負担(Risk)所有権(Title)別々のタイミングで移るように 定められることがよくあります。ここが日本語の直感とズレるので要注意です。

   売買契約
     │
     ├─ Risk(危険負担)  → 「引渡しの受領時」に移ることが多い
     │
     └─ Title(所有権)   → 「代金の完済時」に移ることが多い
                             (売主が代金回収まで所有権を握って担保にする発想)
  • 危険負担(Risk of loss):モノが偶然の事故(船の沈没・火災など)で滅失・毀損したとき、 その損を誰がかぶるかの問題。多くの契約で「引渡し(delivery)を受けた時点」で買主に移ります。
  • 所有権(Title):モノの持ち主が誰かの問題。売主は代金を取りはぐれたくないので、 「代金完済(full payment)まで所有権は売主に残す」と定めることが多いです(代金回収の保険)。

📝 過去問はこう出る(R01 第16問) 英文条項「Risk … shall pass to Purchaser upon acceptance of delivery(危険は引渡受領時に移転)/ title … shall pass only upon full payment(所有権は代金完済時に移転)」を読ませる問題。 空欄は 所有権=代金支払時/危険負担=引渡時(設問1=ウ)。 さらに設問2で CIF=運賃保険料込み(イ)を問いました(運賃込みはCFR、船側渡しはFAS、本船渡しはFOB)。 RiskとTitleを取り違えないのがカギです。 → R01 第16問

代金決済 ― 送金と信用状(L/C)

もう一つ国際売買で重要なのが代金の受け取り方です。遠い相手に「先に品物を送ったのに 払ってくれない」リスクをどう減らすかがテーマになります。

方式 仕組み 売主から見た問題点
送金(remittance) 買主が指定口座に振り込む(例:引渡し後30日以内) 引渡しと支払いが切り離される。後払いだと「払ってくれない」リスクが残る
信用状(L/C) 買主の取引銀行(発行銀行)が支払いを保証する仕組み 銀行が間に入るので売主のリスクが下がる(回収の確実性が高い)

信用状(Letter of Credit)取引の流れは、登場人物が多くて混乱しやすいので図で押さえます。

① 買主 → 発行銀行に信用状の発行を依頼(発行銀行が信用状を発行)
② 信用状は 通知銀行 を通じて 売主 に通知される
③ 売主が船積み → 運送人から「船荷証券(B/L)」を受け取る
④ 売主 → 為替手形+船荷証券を 通知銀行 に持ち込み、割り引いてもらう(先に代金を得る)
⑤ 通知銀行 → 書類を 発行銀行 に送って支払いを受ける
⑥ 発行銀行 → 買主に代金と引換えで船荷証券を渡す
⑦ 買主 → 運送人に船荷証券を呈示して製品を受け取る

💡 覚え方依頼するのは買主、通知される相手は売主。 売主が書類を持ち込むのは手近な通知銀行、その通知銀行が最後に請求する先が発行銀行。 「買主が銀行にお願いして、その信用で売主が安心して船積みする」――この主従関係を押さえれば解けます。

📝 過去問はこう出る(R03 第17問) 送金方式(引渡し後30日以内に指定口座へ振込)の問題点と、信用状取引の流れを問う問題。 送金は「物品の引渡しと代金支払いの同時履行が困難」(設問1=ア)。 信用状は 依頼=買主/通知される相手=売主/持込先=通知銀行/請求先=発行銀行(設問2=ウ)。 → R03 第17問

CISG(ウィーン売買条約)とは

CISG(United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods、 国際物品売買契約に関する国連条約、通称ウィーン売買条約)は、 国をまたぐモノの売買契約について、成立・当事者の義務などを定めた国際的な統一ルールです。 日本も加盟しています。

  • インコタームズが「費用と危険の分担の辞書」なのに対し、CISGは「売買契約そのものの民法」的な 役割を持つ、という違いを押さえましょう。両者は別物です。
  • ただし万能ではありません。たとえば運送費の負担を一律に「買主負担」と定めるようなものではなく、 細かな費用分担はインコタームズや個別の合意で決まります。

⚠️ 混同注意:似た略語を仕分ける - インコタームズ=ICCが定めた貿易条件の解釈規則(FOB・CIFの意味) - CISG(ウィーン売買条約)=国際売買契約の統一ルール(条約) - U.C.C.=米国統一商事法典(アメリカ国内の法律)/UPICC=ユニドロワ国際商事契約原則 H25第13問はこの4つを並べて「貿易条件の解釈規則はどれか」を問いました(答=インコタームズ)。

📝 過去問はこう出る(H22 第13問) 日中間の国際売買で、初歩的な注意点を問う会話問題。正解(ウ)は 「外国会社の日本支店(日本における代表者)の下で国内契約を締結でき、支店は独立の法人格を持たないので 契約の相手方は結局その外国会社本体になる」。ひっかけには「CISGにより運送費は当然に買主負担」(イ・誤)、 「準拠法の定めがなければ当然に買主側=日本法」(エ・誤)などがあり、いずれも思い込みの罠です。 → H22 第13問


15-2 準拠法と「法の適用に関する通則法」

国際取引でもめたとき、まず決めるべきは「どの国の法律で判断するのか」です。 この、その契約に適用する法律を準拠法(governing law)といいます。日本では、 どの国の法を使うかのルールを定めた法律が「法の適用に関する通則法」(通称・通則法)です。

当事者自治の原則 ― 当事者が準拠法を「選べる」

通則法のいちばんの原則は当事者自治です。

当事者自治:契約の準拠法は、当事者が合意で自由に選べる(通則法7条)。

  • だから英文契約には必ず「This Agreement shall be governed by … the laws of ○○」という 準拠法条項が入ります(○○に選んだ国・州名が入る)。
  • 選んでおかないと、いざもめたときに「どの国の法律か」から争いになってしまいます。 だから準拠法を明記しておくことが実務上とても重要なのです。

準拠法を選んでいなかったら? ― 最密接関係地法

当事者が準拠法を選んでいない場合は、 「その法律行為の当時に、最も密接な関係がある地の法(最密接関係地法)」が準拠法になります (通則法8条1項)。

  • 売買のような契約では、特徴的な給付(=モノを渡す売主側)の常居所地法が 最密接関係地法と推定されます。
  • ここが引っかけで、「準拠法の定めがなければ買主側の国の法律になる」というのは誤りです (H22第13問エ)。当然に買主側になるわけではありません。

⚠️ 混同注意:準拠法 ≠ 裁判管轄 - 準拠法=「どの国の法律で中身を判断するか」 - 裁判管轄=「どの国の裁判所で裁くか」(→ 15-3) この2つは別々に決まります。「裁判管轄が決まれば必然的に準拠法も決まる」というのは誤り(R02第16問)。 日本の裁判所が、契約の合意に従って外国法を準拠法として判断する、ということも普通にあります。

消費者・労働者を守る「特則」

当事者自治には例外(特則)があります。当事者が外国法を準拠法に選んでいても、 弱い立場の消費者・労働者を守るため、一定の場合には日本の強行規定(無理に外せないルール)が なお適用されます。

場面 原則(当事者自治) 特則(弱者保護)
消費者契約 準拠法は選べる 消費者は常居所地(日本)の強行規定の適用を求められる(例:クーリングオフ
労働契約 準拠法は選べる 労働者は最密接関係地(=通常は労務提供地)の強行規定の適用を求められる(例:労働基準法

📝 過去問はこう出る(H25 第16問) 通則法の準拠法ルールを問う問題。正解(エ)は 「当事者による選択がなければ、最も密接な関係がある地の法が準拠法となる」(通則法8条1項)。 「外国法を準拠法にすれば日本の消費者にクーリングオフは認められない」(ウ)や 「日本での雇用に労働基準法が適用されない」(イ)は、消費者・労働者保護の特則を無視した誤りです。 → H25 第16問

📝 過去問はこう出る(R02 第16問) 英文の準拠法条項「This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the ○○」を 読ませる会話問題。○○は準拠法の規定で、実務助言として 「内容を容易に知り理解できる国の法律が望ましい」が適切(設問2=エ)。 「裁判管轄が決まれば必然的に準拠法が決まる」(ウ)は準拠法と裁判管轄を混同した誤りでした。 → R02 第16問


15-3 紛争解決 ― 裁判管轄と国際仲裁

準拠法(どの法律で読むか)を決めたら、次は「もめたときに、どこで・どうやって決着をつけるか」です。 方法は大きく裁判仲裁の2つ。国際取引では仲裁が好まれる場面が多く、両者の違いが頻出です。

裁判管轄(合意管轄)

英文契約では、「本契約に関する紛争は○○裁判所の専属管轄(exclusive jurisdiction)とする」という 裁判管轄条項を置くのが一般的です。当事者が「ここの裁判所で裁く」とあらかじめ合意するもので、 これを合意管轄といいます。

  • exclusive jurisdiction」=専属的合意管轄(そこ以外の裁判所では原則争えない)。
  • 「the Tokyo District Court … shall have exclusive jurisdiction」なら 東京地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする、という意味です。

⚠️ 引っかけ:契約書の"言語"では管轄は決まらない 「契約書が日本語だから日本で提訴できる」というのは誤り(H22第13問ア)。 提訴できる裁判所は管轄の合意や国際裁判管轄のルールで決まり、契約書が何語かは関係ありません。

📝 過去問はこう出る(H20 第13問) 英文条項「governed by … the laws of Japan(準拠法=日本法)/the Tokyo District Court … shall have exclusive jurisdiction(東京地裁の専属管轄)」を読ませる問題。正解(エ)は 「当事者間の紛争につき、東京地裁を専属的合意管轄裁判所とする旨を定めている」。 「準拠法についてのみ規定」(イ)や「仲裁に関する条項」(ウ)は誤り。exclusive jurisdiction=仲裁ではなく裁判です。 → H20 第13問

国際仲裁の特徴 ― 「裁判ではない」決着方法

仲裁(arbitration)とは、当事者が合意して選んだ仲裁人(arbitrator)に紛争の判断を委ね、 その仲裁判断(award)に従うという手続です。国際取引で好んで使われます。特徴を裁判と対比します。

論点 裁判 仲裁
判断する人 国の裁判官 当事者が選ぶ仲裁人(例:3名で、各当事者が1名ずつ選び、その2名が3人目を選ぶ)
公開/非公開 原則公開 原則非公開(判断も公開されない)=秘密が守りやすい
不服申立て 上訴できる(三審制) 原則上訴できない(一回で確定。取消事由がある場合の取消しの訴えに限られる)
判断の効力 確定判決の効力 仲裁判断は確定判決と同一の効力を持ち当事者を拘束
外国での執行 相手国での執行は容易でないことがある ニューヨーク条約の加盟国なら外国仲裁判断を執行しやすい(大きな利点)

⚠️ 混同注意:仲裁は「調停」ではない 調停・あっせんは、第三者が話し合いを仲介して当事者の合意を目指す手続。合意できなければ不成立です。 一方、仲裁は仲裁人が拘束力ある判断(仲裁判断)を下す手続。合意できなくても判断で決着します。 「仲裁は合意が成立しなければ不成立」というのは調停の説明であり、仲裁としては誤りです。

💡 なぜ国際取引で仲裁が選ばれるのか 最大の理由は執行のしやすさニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認・執行に関する条約)の 加盟国どうしなら、一方の国で得た仲裁判断を相手国でも執行できます。外国の裁判所の判決は こうはいきにくいので、「勝っても回収できないと困る」国際取引では仲裁が重宝されるのです。

📝 過去問はこう出る(R07 第8問) 英文の紛争解決条項(準拠法=日本法、仲裁地=東京、機関=日本商事仲裁協会(JCAA)、仲裁人3名、言語=英語)を 読ませる問題。正解(ウ)は「JCAAの商事仲裁規則に従い、3名の仲裁人により、英語で手続が行われる」。 「仲裁は話し合いを仲介する手続で合意がなければ不成立」(ア=調停の説明)、 「不服があれば裁判所に不服申立てができる」(イ=仲裁判断は原則不服申立て不可)はいずれも誤り。 → R07 第8問

📝 過去問はこう出る(R05 第16問) ニューヨーク州法準拠+米国仲裁協会(AAA)による仲裁の条項を読ませる問題。 設問1は「ニューヨーク州法(連邦法ではない)に準拠/AAAによる仲裁(裁判所管轄ではない)」(ア)。 設問2の正解(ア)は「ニューヨーク条約の加盟国でなされた仲裁判断は、原則として加盟国で執行できる」。 「仲裁も裁判も原則公開」(イ)、「仲裁は合意できなければ不成立」(ウ=調停の説明)は誤り。 → R05 第16問


15-4 英文契約の頻出条項(一般条項)

英文契約書には、契約の中身が何であってもほぼ必ず入る"決まり文句"があります。 これを一般条項(boilerplate clauses)といいます。契約書の後半にまとめて並ぶことが多く、 経営法務では「この英文は何の条項か」「内容は正しいか」を問う出題の宝庫です。 英語のキーワード条項名をセットで覚えるのが最短ルートです。

まず名前を結びつける ― 一般条項の早見表

条項名 英語のキーワード ひとことで言うと
秘密保持 Confidentiality/Confidential Information 相手から受けた秘密情報を漏らさない義務
準拠法 governed by / construed in accordance with the laws of ○○ どの国・州の法律で解釈するか(→15-2)
裁判管轄 exclusive jurisdiction/court どの裁判所で裁くか(→15-3)
仲裁 arbitration/arbitrator/arbitration rules 裁判ではなく仲裁で解決する(→15-3)
分離可能性 Severability/invalid, illegal or unenforceable 一部が無効でも残りは有効
完全合意 Entire Agreement この契約書が唯一・最終の合意
非侵害の不保証 in no way warrants … does not infringe 第三者の権利を侵害しないとは保証しない
不可抗力 Force Majeure 天災等による免責
権利不放棄 No Waiver 権利を一度使わなくても放棄したことにならない

秘密保持条項(Confidentiality)

相手から開示された秘密情報(Confidential Information)を守る条項です。ポイントは、 「何が秘密情報にあたるか(定義と除外)」の線引きです。

  • 除外(秘密情報にあたらないもの)の典型例:
  • すでに公知の情報/受領者の違反によらず公知になった情報
  • 受領者が独自に開発した情報(independently developed)
  • 正当に第三者から得た情報 など
  • ここが引っかけになりやすい。「独自開発した情報は"秘密情報にあたるが開示しても違反にならない"」という 説明は、条項上は「そもそも秘密情報の定義から除外される」ので、微妙にズレて誤りになります。

📝 過去問はこう出る(H26 第15問) 英文の秘密保持条項を読ませる問題。設問1の「最も不適切」は、 「受領者が独自に開発した情報」を『秘密情報に該当するが開示しても違反にならない』と説明した選択肢(イ)。 条項上は秘密情報の定義から除外されるので説明が食い違い、これが正解(=不適切)。 設問2は語彙で、proprietary(専有の・機密の)/burden of proving(立証責任)が正しい組み合わせ(エ)。 → H26 第15問

分離可能性条項(Severability)

契約の一部の条項が無効・違法・執行不能になっても、残りの条項は有効なまま維持する、と定める条項です。 「一箇所ダメでも契約全体が倒れないための保険」と考えてください。

英文の目印:「If any provision … shall be held to be invalid, illegal or unenforceable … the … remaining provisions shall not … be affected or impaired」 =「ある条項が無効・違法・執行不能でも、残りの条項は影響を受けない」→ これがSeverabilityです。

📝 過去問はこう出る(R06 第19問) 上記の英文が「何条項か」を4択で問う問題。正解は Severability(分離可能性条項)(エ)。 ひっかけの Entire Agreement(完全合意)・Force Majeure(不可抗力)・No Waiver(権利不放棄)は、 キーワードと条項名の対応を覚えていれば消せます。ここは典型的なサービス問題です。 → R06 第19問

非侵害の不保証条項(第三者の権利を侵害しないとは保証しない)

とくにライセンス契約で出ます。ライセンサー(技術を貸す側)が 「この技術・プログラムが第三者の知的財産権を侵害しないことは保証しない」と、 あえて保証しない旨を定める条項です。

  • 英文の目印:「Licensor in no way warrants that the Program does not infringe any patent, trademark … protected in the licensed territory」=「許諾地域で保護される第三者の権利を侵害しないことを 一切保証しない」。
  • 似て非なる条項に注意:
  • 「ライセンサーが権利の唯一の所有者であることを保証する」=権利保有の保証(非侵害の不保証ではない)
  • 「特定目的への適合性を保証しない」=目的適合性の不保証(別の話)
  • 「侵害の主張に対し防御する権利を有する」=権利行使・防御の規定(不保証ではない)

📝 過去問はこう出る(H23 第15問) 「ライセンサーは第三者の知的財産権を侵害しないと保証しない」旨の条項を選ぶ問題。正解(イ)は 「Licensor in no way warrants that the Program does not infringe any patent, trademark …」。 "warrants(保証する)"の否定形+"does not infringe(侵害しない)"の組み合わせが目印。 権利保有の保証(ア)や目的適合性の不保証(ウ)と取り違えないこと。 → H23 第15問

完全合意条項(Entire Agreement)

この契約書が、当事者間の最終かつ唯一の合意であり、それ以前の口頭・書面のやりとり (見積書・メール・議事録など)は効力を持たない」と定める条項です。

  • 目的は言った言わないの蒸し返しを防ぐこと。「交渉中はこう言ったはず」を持ち出せなくします。
  • 英文の目印:「This Agreement constitutes the entire agreement … and supersedes all prior …」。

解除条項(Termination)― 補足でよく出る

継続的な取引の基本契約では、どんなときに契約を打ち切れるか(解除事由)を列挙します。 典型的な解除事由は、契約違反(是正期間つき)/破産・会社更生の申立て/事業・資産の重要部分の処分/ 支配権(経営権)の移転などです。

  • 引っかけ:「(会社に)罰金刑が科された」は通常の解除条項には入っていないことが多い。
  • 引っかけ:契約違反があっても、多くの条項は「書面通知後○日の是正期間」を置くので、即時解除ではない。 また解除できるのは違反された側(相手方)であって、違反した本人ではありません。

📝 過去問はこう出る(H29 第15問) 継続的売買基本契約の解除条項を読ませる問題。設問1の「最も不適切」は、 解除事由に規定のない「罰金刑が科された」(エ)。設問2の正解(エ)は 「(a)項は不履行を特定した書面通知の受領後80日を超えて是正されない場合に解除できる」で、 「即時に解除できる」(ウ)や「違反した当事者自身が解除できる」(イ)は誤り。 → H29 第15問

💡 英文条項を"3ステップ"で攻略 ① まず見出し(Article名)を見る(Confidentiality/Severability…)。なければ本文のキーワードを探す。 ② warrants(保証する)/shall not(〜しない)/exclusive(専属の)など肯定か否定かを必ず確認。 ③ 選択肢を、条項名の定義どおりか/逆さまかで振り分ける。多くの誤答は「意味を逆にした」ものです。


この章のまとめ(試験直前チェック)

  • インコタームズ=ICCが定めた貿易条件の解釈規則(FOB=本船渡し、CIF=運賃保険料込み…)
  • FOB・CIFの危険の分岐点=物品が本船の手すり(船側)を通過した瞬間(船積時)
  • CIF費用(仕向港までの運賃・保険料)は売主負担だが、危険は船積時に移る(分岐がズレる)
  • ☐ 英文契約では危険負担(Risk)=引渡受領時/所有権(Title)=代金完済時に別々に移ることが多い
  • ☐ 決済:送金は同時履行が困難/信用状(L/C)は銀行が入り売主のリスクが下がる(依頼=買主、通知先=売主)
  • CISG(ウィーン売買条約)=国際売買の統一ルール(インコタームズ・U.C.C.・UPICCと区別)
  • ☐ 準拠法は当事者自治で自由に選べる(通則法7条)。選ばなければ最密接関係地法(通則法8条)
  • 準拠法 ≠ 裁判管轄(別々に決まる。「管轄が決まれば準拠法も決まる」は誤り)
  • 消費者・労働者の特則:外国法を選んでも、日本のクーリングオフ・労働基準法の強行規定は及びうる
  • exclusive jurisdiction=専属的合意管轄(裁判)(仲裁ではない)/契約書の言語では管轄は決まらない
  • 仲裁=仲裁人の拘束力ある判断で決着(調停と違い合意不要)。原則非公開・上訴不可・確定判決同一の効力
  • ニューヨーク条約=加盟国で外国仲裁判断を執行しやすい(国際取引で仲裁が選ばれる理由)
  • ☐ 一般条項:Severability=分離可能性(一部無効でも残部有効)/Entire Agreement=完全合意
  • 秘密保持:独自開発情報などは"秘密情報の定義から除外"される(該当するが違反にならない、ではない)
  • 非侵害の不保証=「in no way warrants … does not infringe」(保証する系・目的適合性系と区別)

この章に対応する主な過去問

年度・問 論点 リンク
H19 第14問 インコタームズ2000(FOB・CIF) 問題
H25 第13問 英文売買契約・貿易条件(FOB/Incoterms 2010) 問題
R01 第16問 危険負担・所有権移転(英文条項) 問題
R03 第17問 代金決済(送金・信用状取引) 問題
H22 第13問 国際売買契約の注意点(CISG・準拠法) 問題
H25 第16問 法の適用に関する通則法(準拠法) 問題
R02 第16問 準拠法条項・不利益条項の読解 問題
H20 第13問 準拠法・専属的合意管轄(英文条項) 問題
R07 第8問 紛争解決条項・国際仲裁(JCAA) 問題
R05 第16問 準拠法・仲裁(AAA)・ニューヨーク条約 問題
H26 第15問 英文契約の秘密保持条項 問題
R06 第19問 分離可能性条項(Severability) 問題
H23 第15問 非侵害の不保証条項(英文ライセンス) 問題
H29 第15問 英文売買契約の解除条項 問題

全15章、おつかれさまでした ▶ これで「経営法務」本編は完結です。第1章の民法の基礎から始まり、会社法、知的財産権、 そして本章の国際取引・英文契約まで、試験範囲の"地図"をひととおり歩き切りました。 法律は範囲が広く感じますが、「要件・趣旨・引っかけの型」をセットで押さえれば、 経営法務は着実に得点できる科目です。ここまで積み上げた土台に自信を持ってください。

仕上げは付録で総点検を ▶ - 付録A:頻出条文・数字の総まとめ(存続期間・機関設計・出訴期間など、"数字で覚える"項目を一覧化) - 付録B:似た制度の対比表(善意/悪意、無効/取消し、専属管轄/仲裁…混同しやすいペアを横並びで整理) - 付録C:直前チェックリスト(各章のまとめを1枚に集約。試験当日の最終確認用)

本編で理解した知識を、付録A〜Cで「思い出せる・使える」状態に磨き上げましょう。合格を心よりお祈りしています。