第10章 物価・インフレ・失業
この章のねらい ここまで学んだ「財市場(45度線)」「金融市場(IS-LM)」を、物価という要素まで含めて ひとつの絵にまとめるのがこの章です。中心は 総需要曲線(AD)と総供給曲線(AS)。 縦軸に物価、横軸に実質GDPをとり、「景気(GDP)」と「物価」が同時にどう決まるかを見ます。 そのうえで、物価が持続的に上がる インフレ・下がる デフレ、そして景気の裏側にある 失業 を扱います。マクロ経済学の「総仕上げ」にあたる章です。
過去問での出方:この分野は経済学・経済政策の超頻出ゾーンです。AD-AS分析(曲線の傾きの理由・ シフト要因)はほぼ毎年のように問われ、自然失業率仮説は R01・R04・R06 と近年ほぼ隔年で出題、 失業の類型や貨幣数量説も定番です。図の読み取りやシフト方向はパターンが決まっているので、 いったん整理すれば得点源にできます。この章は「覚える」より「グラフで動かす」ことが攻略のカギです。
10-0 この章の地図
この章は、「AD-ASで景気と物価を同時に決める」→「その物価が動き続ける=インフレ・デフレ」 →「景気の裏側の失業とインフレの関係(フィリップス曲線)」という順に進みます。
10-1 総需要・総供給(AD-AS)分析 … 縦軸=物価 P、横軸=実質GDP で景気と物価を同時決定
│ ・AD曲線(右下がり)はなぜ右下がりか/シフト要因
│ ・AS曲線(右上がり or 垂直)の考え方(ケインズ派 vs 古典派)
│
10-2 インフレ・デフレと貨幣数量説 … 物価が動き続ける現象
│ ・貨幣数量説 MV=PY(古典派)/貨幣の中立性
│ ・ディマンドプル(AD側)とコストプッシュ(AS側)
│ ・インフレ/デフレの損得・デフレスパイラル
│
10-3 失業とフィリップス曲線 … 景気の裏側=雇用
・失業の3類型(摩擦的・構造的・循環的)
・フィリップス曲線(右下がり)と自然失業率仮説(長期は垂直)
・スタグフレーション
まずは 10-1 の AD-AS という「土俵」を頭に入れると、10-2・10-3 はその応用として素直につながります。
10-1 総需要・総供給(AD-AS)分析 ★最重要
AD-ASとは ― 「物価」を軸に景気を見る図
第7章(45度線)や第9章(IS-LM)では、物価は一定と置いていました。 この章の主役 AD-AS分析 は、その物価そのものを縦軸にとって、 「物価水準 P と 実質GDP(=景気の大きさ)Y が同時にどう決まるか」を1枚の図で見る道具です。
- 縦軸=物価水準 P、横軸=実質GDP(Y)
- 総需要曲線(AD):ある物価のもとで、経済全体の需要(消費+投資+政府支出+純輸出)がどれだけかを表す線。右下がり。
- 総供給曲線(AS):ある物価のもとで、企業全体がどれだけ生産(供給)するかを表す線。右上がり(短期・ケインズ派)または垂直(長期・古典派)。
- 両者の交点で、その経済の物価と実質GDPが同時に決まる。
需要と供給の交点で価格と数量が決まる、あのミクロの需給図の「経済全体版(マクロ版)」だとイメージすると分かりやすいです。ただし縦軸が「価格」ではなく「物価水準(世の中全体の値段の平均)」である点が違います。
物価 P
│ AS(右上がり:短期)
│ /
│ /
│ E ・ ← 交点Eで物価とGDPが決まる
│ /\
│ / \ AD(右下がり)
│ / \
└──────────────── 実質GDP(Y)
なぜ AD曲線は「右下がり」なのか
ここは理由まで問われます(H30 第8問、R01 第8問)。丸暗記ではなく、次の連鎖でおさえましょう。
物価が下がると → 総需要が増える(だから物価と需要は逆方向=右下がり)
物価 P が下落
↓
実質貨幣供給(M/P)が増加 ← 手元のお金の実質的な価値が上がる
↓
利子率が低下
↓
投資(や消費)が増加
↓
総需要が増加 … よって P↓ のとき Y↑ → AD は右下がり
- 逆に物価が上がれば、実質貨幣供給が減り→利子率が上がり→投資が減り→総需要が減る。
- つまずきポイント:H30 第8問は、この因果を1か所だけひっくり返した選択肢(「物価上昇で実質貨幣供給が"増加"」など)を混ぜてきます。物価が上がれば実質貨幣(M/P)は"減る"、が正しい向きです。
💡 AD曲線のシフト(左右の平行移動) 「物価以外の理由」で総需要が変わると、AD曲線ごと動きます。 右シフト(総需要増)=好況方向:政府支出の増加、減税、金融緩和(買いオペ=貨幣供給増)、輸出増 など。 左シフト(総需要減)=不況方向:政府支出の削減、増税、金融引き締め、融資縮小 など。
なぜ AS曲線は「右上がり」なのか(ケインズ派・短期)
短期のAS曲線が右上がりになるのは、名目賃金が硬直的(すぐには動かない)という前提があるからです。
物価 P が上昇
↓
(名目賃金は据え置きなので)実質賃金(名目賃金/物価)が低下
↓
企業は人を雇いやすくなり労働需要が増加
↓
雇用・生産量が増加 … よって P↑ のとき Y↑ → AS は右上がり
- ここも H30 第8問・H27 第7問で問われました。ポイントは「名目賃金が硬直的だから、物価が上がると実質賃金が下がって雇用・生産が増える」という順序です。
- ⚠️ 混同注意:AS曲線が右上がりになる前提は「名目賃金の硬直性」。もし「実質賃金が硬直的」だと、物価が変わっても実質賃金・雇用が動かず、ASは(完全雇用水準で)垂直になります(H27 第7問の引っかけ)。
AS曲線の「シフト」と「線上の動き」を区別する
- ASのシフト要因(曲線ごと動く)
- 右シフト(供給力アップ):技術進歩、労働人口の増加 など
- 左シフト(供給力ダウン=コストプッシュ):原材料費・原油価格の高騰、名目賃金の引き上げ、少子高齢化による労働力減少 など
- 線上の動き(シフトではない):「物価上昇→実質賃金低下→雇用増→生産増」は、同じAS曲線の上を右上に動くだけ。これを"シフト要因"と書くのは誤り(H20 第10問の引っかけ)。
⚠️ よく出る引っかけ:「シフト」か「線上の動き」か 「原材料費の上昇」→ AS左シフト(○)。 「物価上昇で実質賃金が下がって生産が増える」→ AS上の動き(シフトではない)。 シフトさせるのは"物価以外の要因"、物価そのものの変化は"線上の動き"、と切り分けます。
ケインズ派と古典派 ― ASの形が違う
同じAS曲線でも、立場によって形が変わります。ここは財政・金融政策の効き方の違いに直結します。
| ケインズ派(短期) | 古典派(長期) | |
|---|---|---|
| 賃金・価格 | 硬直的(すぐ動かない) | 伸縮的(すばやく調整) |
| 労働市場 | 非自発的失業がありうる | 常に完全雇用で均衡 |
| AS曲線の形 | 右上がり | 完全雇用GDP(Yf)で垂直 |
| 財政・金融政策の効果 | 実質GDPを動かせる(有効) | 実質GDPは不変、物価だけ動く(=貨幣の中立性) |
<古典派:AS は完全雇用GDP(Yf)で垂直>
物価 P
│ │AS(垂直)
│ │
│ AD' →│ ← ADを右にずらしても…
│ / │
│ / AD │
└────────┴───── 実質GDP
Yf … GDPは Yf のまま増えず、物価だけ上がる
📝 過去問はこう出る(H30 第8問) AD・ASが右下がり・右上がりになる理由の組み合わせを問う問題。 正解は「物価上昇→実質貨幣供給の減少→利子率上昇→投資減→総需要縮小だからADは右下がり」+ 「物価上昇→実質賃金率の低下→労働需要増→生産量増だからASは右上がり」。 「物価上昇で実質貨幣供給が"増加"」「実質賃金率が"上昇"して生産量増」など、因果を1か所ねじった肢がバツ。 設問2は「原材料価格の上昇はASの左方シフトで実質GDPを縮小」が正解。 → H30 第8問
📝 過去問はこう出る(H27 第7問) 設問1「ADの右シフト要因」=買いオペ(金融緩和)と所得減税(→ 政府支出削減・融資縮小は左シフトでバツ)。 設問2は、ASが右上がりになる前提は「名目賃金の硬直性」(○)で「実質賃金の硬直性」は垂直になるのでバツ、 「技術進歩→AS下方(右方)シフト」が○、「原油高騰→AS下方シフト」は上方(左方)が正しいのでバツ。 → H27 第7問
📝 過去問はこう出る(H20 第10問) 物価伸縮・名目賃金硬直のケインズ派モデル。ADは「増税で右シフト」がバツ(増税は左シフト)、 「投資の利子弾力性が大きいほどADは急勾配」がバツ(緩やかになる)。 ASは「原材料費上昇でAS左シフト(コストプッシュ)」「技術進歩でAS右シフト」が○、 「少子高齢化でAS右シフト」はバツ(労働力減少で左シフト)。 → H20 第10問
📝 過去問はこう出る(R01 第8問・R04 第7問) R01 第8問は「流動性のわな」のAD-AS。わなではLMが水平で、物価が下がっても利子率が下限から下がらないため AD曲線は垂直。財政政策は有効(クラウディング・アウトなし)だが金融政策は無効。 R04 第7問は古典派モデル。AS は Yf で垂直だから、政府支出増・貨幣供給増は物価を上げるだけで実質GDPは不変 (=貨幣の中立性)。同じAD-ASでも「どの立場か」で結論が真逆になる点に注意。 → R01 第8問 / R04 第7問
10-2 インフレ・デフレと貨幣数量説
まず用語を整理
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| インフレーション(インフレ) | 物価水準が持続的に上昇する現象(お金の価値が下がる) |
| デフレーション(デフレ) | 物価水準が持続的に下落する現象(お金の価値が上がる) |
| スタグフレーション | 不況(stagnation)+インフレ(inflation)。景気が悪いのに物価が上がる状態(→ 10-3) |
| リフレーション(リフレ) | デフレ脱却を目指す緩やかな物価上昇を促す政策・状態 |
「物価が上がる=悪」ではなく、緩やかなインフレはむしろ正常で、問題はデフレや急激なインフレです。
物価指数の測り方(ラスパイレスとパーシェ)
物価の変化は物価指数で測ります。作り方は2種類あり、どちらの時点の数量(ウエイト)を使うかが違います。
| ラスパイレス指数 | パーシェ指数 | |
|---|---|---|
| ウエイト(数量)に使うのは | 基準時点の数量(固定) | 比較時点(当年)の数量 |
| 代表例 | 消費者物価指数(CPI) | GDPデフレータ |
| 特徴 | 計算が早い(数量を毎回調べ直さない)。構造変化は反映しにくい | 当年の消費構造を反映できる |
- 💡 覚え方:ラスパイレス=ラク(基準時点で固定して毎回集計し直さなくてよい)。CPI がこちら。
- 連鎖指数:基準を毎年順ぐりに更新して、基準時固定によるズレ(上方バイアス)を緩和する方式。
📝 過去問はこう出る(H24 第2問・R05 第5問) H24 第2問:CPI はラスパイレス式(基準時点ウエイト固定)が正しい。「CPIはパーシェ式」はバツ。 R05 第5問:名目GDP=当年価格×当年数量、実質GDP=基準年価格×当年数量。 パーシェ型物価指数=名目GDP÷実質GDP×100(=GDPデフレータ)で計算する典型問題。 → H24 第2問 / R05 第5問
貨幣数量説 ― お金の量と物価の関係(古典派)
古典派の物価理論の中心が 貨幣数量説 です。フィッシャーの交換方程式で表します。
M × V = P × Y
(貨幣量)(流通速度)(物価)(実質GDP)
- M:世の中に出回るお金の量、V:お金が使われる回転の速さ(流通速度)、P:物価、Y:実質GDP。
- 古典派では、V は一定、Y は完全雇用水準で決まって動かないと考えます。
- すると、M が n 倍になれば、P(物価)も n 倍になります(V・Y が一定だから)。
貨幣の中立性
上のことから、お金の量(名目貨幣供給)を増やしても、実質GDPや雇用量は変わらず、物価だけが比例して上がる、という結論が出ます。これを 貨幣の中立性 といいます。
- 実質変数(実質GDP・雇用量・実質賃金・実質貨幣供給)=貨幣量に左右されない
- 名目変数(物価水準・名目賃金)=貨幣量に比例して動く
- ⚠️ 引っかけ:「実質貨幣供給(M/P)が n 倍になる」はバツ。M が n 倍でも P も n 倍になるので、M/P は不変です。
📝 過去問はこう出る(H21 第7問) 「貨幣の中立性が成り立つとき、名目貨幣供給が n 倍になれば〔 〕も n 倍になる」の空欄。 正解は「物価水準」。交換方程式 P=MV/Y で V・Y 一定なら P が M に比例する。 雇用量・実質GDP・実質政府支出(=実質変数)や実質貨幣供給は n 倍にならないのでバツ。 → H21 第7問
インフレの2つのタイプ ― ディマンドプルとコストプッシュ
インフレが起きる原因は、AD側(需要)からか、AS側(供給・コスト)からかで2つに分けられます。
| タイプ | 原因 | AD-ASでの動き | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ディマンドプル・インフレ | 総需要の増えすぎ(好況・過剰な金融緩和・財政拡大) | AD が右シフト | 物価↑+GDP↑(景気がよくて物価上昇) |
| コストプッシュ・インフレ | 生産コストの上昇(原油高・賃金高) | AS が左シフト | 物価↑+GDP↓(不況下の物価高=スタグフレーションを招きやすい) |
<ディマンドプル:AD右シフト> <コストプッシュ:AS左シフト>
P│ AS P│ AS'← AS
│ / │ / /
│ / →→ AD' │/ /
│ // AD │/ 物価↑・GDP↓
└────────── Y └────────── Y
物価↑・GDP↑ (不況なのに物価高)
実質利子率とフィッシャー方程式
インフレ・デフレは利子率の実質的な重みを変えます。ここは頻出の計算軸です。
実質利子率 = 名目利子率 - 期待インフレ率
r = i - πᵉ
- 名目利子率 i を一定とすると、期待インフレ率 πᵉ が高いほど、実質利子率 r は低くなる(借り手有利)。
- 逆にデフレ(πᵉ がマイナス)だと、実質利子率 r は高くなる→投資が抑制される。
- フィッシャー効果:期待インフレ率の上昇と同じだけ名目利子率も上がれば、実質利子率 r は一定のまま。
インフレ・デフレの「損得」と再分配
物価が動くと、債権者(貸し手)と債務者(借り手)の間で実質的な富が移動します。
| インフレ(物価上昇・お金の価値↓) | デフレ(物価下落・お金の価値↑) | |
|---|---|---|
| 得をするのは | 債務者(借り手):返す借金の実質価値が目減り | 債権者(貸し手):受け取る元利の実質価値が増える |
| 損をするのは | 債権者、年金など名目固定の所得の受給者 | 債務者:借金の実質負担が重くなる(デット・デフレーション) |
- 累進課税との関係:インフレで名目所得が増えると、より高い税率区分に押し上げられ名目所得税額は増える。「変化させない」はバツ(H25 第9問)。課税最低限がインフレにスライドしないと課税対象者も増える(ブラケット・クリープ)。
デフレの怖さ ― デフレ・スパイラル
デフレは「安く買える」ので一見よさそうですが、経済全体では悪循環を生みます。
物価が下がる → 「もっと下がる」と予想 → 買い控え(需要減)
↑ ↓
└──── さらに物価下落 ←── 企業の売上減・賃金減 ←┘
(デフレ・スパイラル)
- 名目賃金の下方硬直性:賃金は下がりにくいので、物価下落時に実質賃金が高止まりし、雇用・生産が圧迫される(H28 第7問)。
- 実質利子率の上昇:デフレは実質利子率を高め、投資を抑制する。
- デット・デフレーション:物価下落で借金の実質負担が増加し、企業・家計の返済を苦しくする。
📝 過去問はこう出る(H25 第9問) 設問1(インフレ):異時点間の相対価格(実質利子率を通じた現在財と将来財の比率)を変えるが○。 「名目利子率を所与とすると、期待インフレ率が高いほど実質利子率は低くなる」も○(r=i−πᵉ)。 設問2(所得分配):最も不適切は「累進課税のもとでインフレは名目所得税額を変化させない」=実際は増えるのでバツ。 → H25 第9問
📝 過去問はこう出る(H28 第7問・H19 第6問) H28 第7問(デフレの影響):正解は「名目賃金が下方硬直的だと、物価下落時に実質賃金が高止まりし雇用・生産を圧迫」。 「デフレで実質利子率が低下し投資を刺激」「負債の実質価値が減る」は向きが逆でバツ。 H19 第6問(デフレの空欄補充):デフレは所得を「債務者から債権者へ」再分配、 需要減退に伴う失業は「循環的失業(需要不足失業)」=需要拡大策で解消を図る。 → H28 第7問 / H19 第6問
10-3 失業とフィリップス曲線
失業率のはかり方 ― 労働力人口の分け方
失業を語る前に、人口の分類を押さえます。ここは用語問題で頻出です(R03 第11問・R02 第8問)。
15歳以上人口
├─ 労働力人口(働く意思がある人)
│ ├─ 就業者(アルバイト中の学生も含む)
│ └─ 完全失業者(仕事がなく求職活動をしている人)
└─ 非労働力人口(働く意思がない人:専業主婦(夫)・通学者・引退者など)
完全失業率 = 完全失業者 ÷ 労働力人口 × 100
- 就業者にはアルバイトの学生も含む(少しでも働いていれば就業者)。
- 求職活動をしていない専業主婦(夫)は「非労働力人口」(失業者には数えない)。
- 完全失業率の分母は15歳以上の労働力人口(「20歳以上」はバツ)。未成年(15〜19歳)も含む。
- 有効求人倍率 = 月間有効求人数 ÷ 月間有効求職者数("新規"を使うのは新規求人倍率)。倍率が1を超えてもミスマッチで失業者はゼロにならない。
失業の3類型 ★頻出
失業は原因別に3つに分けます。どの失業がどの対策で解消できるかが問われます。
| 類型 | 原因 | イメージ | 有効な対策 |
|---|---|---|---|
| 摩擦的失業 | 転職・就職活動に伴う一時的な失業。情報の不完全さや求職期間から必然的に発生 | 「次の仕事を探している間」 | 労働市場が正常でも発生。職業情報の充実など |
| 構造的失業 | 産業構造の変化や技能・地域のミスマッチ | 「求人はあるが自分のスキル・地域と合わない」 | 職業訓練・再教育(需要拡大策では解消しにくい) |
| 循環的失業(需要不足失業) | 景気後退=総需要の不足で生じる | 「不況でリストラ」 | 需要拡大政策(財政・金融) |
- ⚠️ 混同注意:循環的失業は総需要の不足(総供給の不足ではない)。構造的失業はミスマッチが原因なので、賃金が伸縮的でも需要を増やしても残りうる。
- 摩擦的失業と構造的失業は、需要拡大政策では解消されにくい点で循環的失業と区別されます(この対比が H19 第6問・R02 第8問で問われました)。
📝 過去問はこう出る(R02 第8問・R03 第11問) R02 第8問(失業の類型):正解は「摩擦的失業は労働市場が正常でも情報の不完全さや求職期間のため必然的に発生」。 「完全失業率は20歳以上」「循環的失業は総供給の不足で生じる」はバツ(15歳以上/総需要不足)。 R03 第11問(雇用・失業の用語):正解は「アルバイト中の大学生は就業者で労働力人口に含まれる」。 求職しない専業主婦(夫)は非労働力人口、有効求人倍率=有効求人数÷有効求職者数、が正しい対応。 → R02 第8問 / R03 第11問
フィリップス曲線 ― 失業とインフレのトレード・オフ
フィリップス曲線 は、横軸に失業率、縦軸にインフレ率(物価上昇率)をとった、右下がりの曲線です。
- 意味:失業率が低い(好況)ほどインフレ率は高く、失業率が高い(不況)ほどインフレ率は低い。
- この「一方を良くすると他方が悪くなる」関係を トレード・オフ といいます。
- もともとは英国の賃金上昇率と失業率のデータから見出された経験則です。
インフレ率 π
│\
│ \
│ \ ← 短期フィリップス曲線(右下がり)
│ \ 失業を減らそうとするとインフレが高まる
│ \
│ \__
└──────────────── 失業率 u
- ⚠️ 混同注意(法則の取り違え):失業率とインフレ率の関係=フィリップス曲線。 失業率とGDP(産出)成長率の関係=オークンの法則。ペティ=クラークの法則(産業比重の移行)は無関係。 失業もインフレも高い状態=スタグフレーション(リフレーションではない)。(H24 第3問)
📝 過去問はこう出る(H24 第3問) フィリップス曲線(失業率と物価上昇率の負の相関=右下がり)を軸に、法則名と内容の対応を問う。 「負の相関はオークンの法則」はバツ(オークンは失業率とGDP成長率)。 「失業とインフレがともに高い=リフレーション」もバツ(正しくはスタグフレーション)。 → H24 第3問
自然失業率仮説 ― 長期フィリップス曲線は「垂直」 ★超頻出
フリードマンらは、「フィリップス曲線のトレード・オフは短期だけで、長期には成立しない」と主張しました。これが 自然失業率仮説 です。近年(R01・R04・R06)ほぼ隔年で出る最重要論点です。
自然失業率とは、摩擦的失業と構造的失業からなる、景気に関係なく残る失業率のこと。 (=現実のインフレ率と期待インフレ率が一致しているときに成立する失業率。非自発的失業や循環的失業は含まない)
短期のからくり(貨幣錯覚): 金融緩和で名目賃金も物価も上がり始めると、短期には労働者は物価上昇にすぐ気づかず、 名目賃金の上昇を実質賃金の上昇と勘違いします(貨幣錯覚)。すると労働供給を増やし、 一時的に雇用・産出が増えて失業率が自然失業率を下回ります。
長期の結末: やがて労働者は物価上昇に気づき(期待インフレ率が現実に追いつき)、実質賃金の錯覚が解けます。 すると労働供給は元に戻り、失業率は自然失業率へ戻る。残ったのは高いインフレ率だけ。 つまり長期フィリップス曲線は自然失業率の水準で垂直になり、トレード・オフは消えます。
インフレ率 π
│ │← 長期フィリップス曲線(自然失業率 uₙ で垂直)
│ \ │
│ \ │ 短期フィリップス曲線(期待インフレ率ごとに存在)
│ \ │\
│ \│ \
│ \ \
└────────┴──────── 失業率 u
uₙ(自然失業率)
・総需要拡大策 → 短期は失業↓&インフレ↑
・長期は失業は uₙ に戻り、インフレだけ加速
- 結論:総需要拡大政策は、短期には失業を減らせるが、長期には自然失業率に戻りインフレだけが加速する。
- スタグフレーション(不況+インフレ)は、この「短期フィリップス曲線が上方にシフトしていく」動きや、コストプッシュ(AS左シフト)で説明されます。1970年代のオイルショックが典型例です。
📝 過去問はこう出る(R01 第9問・R04 第10問・R06 第12問) 自然失業率仮説の3連発。共通の正誤ポイントは次のとおり。 - 短期はトレード・オフあり/長期は垂直で消失(「長期的にもトレード・オフがある」はバツ)。 - 自然失業率=摩擦的失業+構造的失業(「非自発的失業を含む」「長期でもゼロになる」はバツ)。 - 総需要拡大策は長期には失業を変えずインフレだけ加速(「長期に失業率を下げる」はバツ)。 - 現実の失業率>自然失業率のとき、現実インフレ率<期待インフレ率(R04 第10問)。 - 現実インフレ率が期待を上回るとき、失業率は自然失業率より低い(R06 第12問)。 → R01 第9問 / R04 第10問 / R06 第12問
📝 過去問はこう出る(H27 第8問) 自然失業率仮説の短期メカニズム(貨幣錯覚)をピンポイントで問う問題。 正解は「労働者は物価上昇を認識せず名目賃金上昇のみ認識するため、実質賃金が上がったと錯覚し労働供給を増やす」。 「物価上昇も認識する」「名目賃金上昇を認識しない」などは、供給を増やす短期の理屈と噛み合わずバツ。 → H27 第8問
この章のまとめ(試験直前チェック)
- ☐ AD-AS:縦軸=物価P、横軸=実質GDP。交点で物価とGDPが同時に決まる
- ☐ AD右下がりの理由:物価↓→実質貨幣供給(M/P)↑→利子率↓→投資↑→総需要↑(物価↑なら M/P は減る)
- ☐ ADシフト:右(好況)=政府支出増・減税・金融緩和(買いオペ)・輸出増/左=逆
- ☐ AS右上がりの理由:名目賃金が硬直的だから、物価↑→実質賃金↓→雇用・生産↑("実質"賃金硬直なら垂直)
- ☐ ASシフト:右=技術進歩・労働人口増/左(コストプッシュ)=原油高・賃金増・労働力減
- ☐ 「物価上昇で生産増」はAS上の動き(シフトではない)/「原材料費上昇」はAS左シフト
- ☐ ケインズ派AS=右上がり(政策は有効)/古典派AS=Yfで垂直(政策は物価だけ動かす=貨幣の中立性)
- ☐ 流動性のわな=AD垂直、財政政策は有効・金融政策は無効
- ☐ 貨幣数量説 MV=PY:V・Y一定なら M が n 倍 → P が n 倍(M/P は不変)
- ☐ 貨幣の中立性:貨幣量は実質変数(GDP・雇用)を動かさず、物価(名目変数)だけ動かす
- ☐ CPI=ラスパイレス(基準時ウエイト固定)/GDPデフレータ=パーシェ(当年ウエイト)
- ☐ ディマンドプル=AD右シフト(物価↑GDP↑)/コストプッシュ=AS左シフト(物価↑GDP↓)
- ☐ 実質利子率 = 名目利子率 - 期待インフレ率(デフレは実質利子率を高め投資抑制)
- ☐ インフレは債務者有利(借金の実質負担↓)/デフレは債権者有利・デット・デフレーション
- ☐ 失業の3類型:摩擦的(求職中)・構造的(ミスマッチ)・循環的(=需要不足、財政金融で対応)
- ☐ 完全失業率の分母は15歳以上の労働力人口/就業者にアルバイト学生も含む
- ☐ フィリップス曲線=右下がり(失業とインフレのトレード・オフ)/オークンの法則は失業とGDP成長率
- ☐ 自然失業率仮説:短期は右下がり、長期は自然失業率で垂直(トレード・オフ消失)
- ☐ 自然失業率=摩擦的+構造的(非自発的失業は含まない)/総需要拡大は長期にインフレだけ加速
- ☐ スタグフレーション=不況+インフレ(リフレーションは緩やかな物価上昇政策)
この章に対応する主な過去問
| 年度・問 | 論点 | リンク |
|---|---|---|
| H20 第10問 | AD-AS分析(曲線の性質・シフト) | 問題 |
| H27 第7問 | ADの右シフト要因・ASの性質 | 問題 |
| H30 第8問 | AD・ASの傾きの理由とシフト | 問題 |
| R01 第8問 | 流動性のわなのAD-ASと財政金融政策 | 問題 |
| R04 第7問 | 古典派モデルのAD-ASと政策効果 | 問題 |
| H21 第7問 | 貨幣数量説と貨幣の中立性 | 問題 |
| H24 第2問 | 物価指数(ラスパイレス/パーシェ) | 問題 |
| R05 第5問 | 物価指数の計算(名目・実質GDP) | 問題 |
| H25 第9問 | インフレと実質利子率・所得分配 | 問題 |
| H28 第7問 | デフレーションが経済に及ぼす影響 | 問題 |
| H19 第6問 | デフレの再分配・失業類型 | 問題 |
| R02 第8問 | 失業の定義と類型 | 問題 |
| R03 第11問 | 雇用・失業の用語 | 問題 |
| H24 第3問 | フィリップス曲線(法則の取り違え) | 問題 |
| H27 第8問 | 自然失業率仮説(貨幣錯覚) | 問題 |
| R01 第9問 | 自然失業率仮説 | 問題 |
| R04 第10問 | 自然失業率仮説 | 問題 |
| R06 第12問 | 自然失業率仮説 | 問題 |
次章予告 ▶ 第11章「国際経済」 ここまでは一国内の経済(閉鎖経済)を見てきました。次章では海外との取引を組み込みます。 為替レートの決まり方、比較優位による貿易の利益、国際収支、そして開放経済版のマクロ政策 (マンデル=フレミング・モデル)を扱います。本章のAD-ASや金融政策の知識がそのまま土台になります。