第5章 技術経営(MOT)とイノベーション
この章のねらい 企業経営理論の第I部(経営戦略論)のなかでも、毎年ほぼ確実に複数問出題される 「稼ぎ頭」の分野が、この技術経営(MOT=Management Of Technology=技術経営)とイノベーションです。 新しい技術・製品をどう生み出し、どう事業として実らせるか――ここには A-Uモデル、ドミナント・デザイン、イノベーションのジレンマ、オープン・イノベーション…と、 人名とキーワードがセットになった論点がずらりと並びます。
過去問での出方:企業経営理論の第9〜13問あたりに固まって顔を出し、この章の対応過去問は 52問と全章のなかでも最多クラスです。出題は「用語の定義」と「段階による違い(前半と後半で逆になる)」を 問うものが中心。逆に言えば、用語と提唱者名、そして"どちらの向きか"を正確に覚えるだけで、 かなりの確率で得点できます。難しそうに見えて、実は暗記で固められる得点源です。
5-0 この章の地図
この章は、大きく「イノベーションとは何か(種類)」→「産業がたどる進化のパターン」→ 「既存企業がなぜ負けるか(ジレンマ)」→「外部の力をどう取り込むか」→ 「技術を事業に結びつける/回す」という順に進みます。
5-1 イノベーションの類型 … プロダクト/プロセス・漸進的/画期的・シュンペーター
│
5-2 生産性のジレンマとA-Uモデル … 製品革新 → 工程革新(アバナシー&アッターバック)★頻出
│
5-3 ドミナント・デザインと技術標準 … デファクト標準・ネットワーク外部性 ★頻出
│
5-4 イノベーションのジレンマ … 持続的技術 vs 破壊的技術(クリステンセン)★頻出
│
5-5 オープン・イノベーション … 外部の知を取り込む(チェスブロウ)+吸収能力
5-6 ユーザー・イノベーション … リードユーザー・情報の粘着性(フォン・ヒッペル)
5-7 コア技術戦略と補完資産 … 技術を稼ぎに変える(ティース)
5-8 リーン・スタートアップ/新規事業 … MVP・ピボット(リース)・社内ベンチャー
5-9 研究開発マネジメント(発展) … R&Dの動機づけ・組織・A-Uとの関連
用語が多いので、「誰が言ったか(提唱者)」「何と何を対比しているか」「前半と後半でどう変わるか」の 3点を軸に整理していくと、頭に残りやすくなります。
5-1 イノベーションの類型
そもそもイノベーションとは
イノベーション(innovation) は、日本語では「技術革新」と訳されることが多いですが、 本来はもっと広く、「新しい組み合わせによって、これまでにない価値を生み出すこと」 を指します。 単なる発明(invention)と違い、それが経済的な成果(売上・利益)に結びついて初めてイノベーションと呼びます。
シュンペーターの「新結合」
イノベーション論の原点は、経済学者 J. シュンペーター の 「新結合(neue Kombination)」 という考え方です。 彼は、経済を発展させる原動力は、既存のものの新しい組み合わせにあるとし、次の5つを挙げました。
| 新結合の5類型 | かみくだくと |
|---|---|
| ① 新しい製品の生産 | これまでにない財・サービスをつくる |
| ② 新しい生産方法の導入 | 作り方・工程を変える |
| ③ 新しい販路(市場)の開拓 | まだ売っていなかった市場に出る |
| ④ 新しい原料・供給源の獲得 | 仕入れ先・素材を変える |
| ⑤ 新しい組織の実現 | 独占の形成・打破など組織のあり方を変える |
- シュンペーターは、これを担う起業家(アントレプレナー)による「創造的破壊」が 経済を新陳代謝させると説きました。「イノベーション=技術だけの話ではない」という視点が大事です。
プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーション
イノベーションは「何を新しくするか」で2つに分けられます。ここは5-2のA-Uモデルの土台になります。
| 種類 | 対象 | ひとことで | 例 |
|---|---|---|---|
| プロダクト・イノベーション(製品革新) | 製品・サービスそのもの | 新しいモノを生む | 電気自動車という新製品 |
| プロセス・イノベーション(工程革新) | 作り方・生産工程 | 作り方を改善する | 生産ラインの自動化・効率化 |
漸進的イノベーションと画期的イノベーション
「どれくらい新しくするか」でも分けられます。
| 種類 | 別名 | 中身 |
|---|---|---|
| 漸進的(インクリメンタル) | 連続的イノベーション | 既存技術を少しずつ改良し積み上げる(累積的) |
| 画期的(ラディカル) | 非連続イノベーション | これまでの延長にない、大きく飛躍した革新 |
💡 ヘンダーソン&クラークの4類型(発展) イノベーションを「構成要素(部品)の知識」と「アーキテクチャ(部品のつなぎ方)の知識」の 2軸で分けると、漸進的・モジュラー・アーキテクチュラル・ラディカルの4つに整理できます。 部品のつなぎ方(アーキテクチャ)を変える革新には、システム全体を見渡す横断的な知識が要る、 という点が過去問で問われました。
📝 過去問はこう出る(H29 第11問) 「イノベーションのタイプと知識の関係」を問う問題。正解は 「構成要素の改善を積み重ねて製品を進化させるイノベーションでは、システムの複雑性に対処するための 専門横断的に共有される知識(アーキテクチャ知識)が重要になる」。 部品のつなぎ方を変える革新なのに「専門領域固有の知識が主役」とした選択肢などは、 必要な知識の対応がズレているのでバツになりました。 → H29 第11問
5-2 生産性のジレンマとA-Uモデル ★最重要
A-Uモデルとは
W. アバナシー と J. アッターバック は、ひとつの産業(製品)が生まれてから成熟するまでに、 製品革新(プロダクト)から工程革新(プロセス)へと主役が交代していくという進化のパターンを示しました。 これを2人の頭文字をとって A-Uモデル と呼びます。
流れは次の3段階です。
【流動期(流動化段階)】
・製品そのものが定まっていない → 各社が試行錯誤
・製品革新(プロダクト・イノベーション)が最も活発
・組織は柔軟な「有機的組織」向き
│ ★ここで「ドミナント・デザイン」が定まる(→5-3)
▼
【移行期(成長段階)】
・製品の型が決まったので、こんどは「安く大量に作る」競争へ
・工程革新(プロセス・イノベーション)が主役に交代
│
▼
【固定期(特定化段階)】
・製品革新も工程革新も沈静化。効率・コスト重視で安定
・組織は効率重視の「機械的組織」向き
「生産性のジレンマ」とは
このモデルの核心が 生産性のジレンマ です。
工程を磨き上げて生産性(効率)を高めれば高めるほど、生産体制がその製品に最適化されて固まってしまい、 新しい製品革新(大きな変化)が起こしにくくなる――という板ばさみ(ジレンマ)のこと。
- つまり「効率を追う」ことと「大きく変わる」ことは、両立しにくいのです。
- 固定期に入って身動きが取れなくなった産業を、あえて要素技術を統合して揺さぶり、 再び流動期に戻すことを 「脱成熟」 と呼びます。
つまずきポイント:「方向」を逆にした引っかけ
A-Uモデルの問題は、段階の順序や"向き"を逆にした選択肢が定番の引っかけです。
- 製品革新が多いのは流動期(ドミナント・デザイン確立の"前")。「確立後に増える」は逆でバツ。
- 工程革新が主流になると、生産者の評価基準は「新規性」から「コスト(効率)」へ移る。「コスト→新規性」は逆。
- ドミナント・デザイン確立後は、有機的組織より機械的組織が増える。「有機的が増える」は逆。
📝 過去問はこう出る(R06 第9問) A-Uモデルの記述として「最も適切なもの」を選ぶ問題。正解は 「使用状況・仕様・評価基準が顧客の間で共有されるようになると、ドミナント・デザインが定まってくる」。 「製品イノベーションはドミナント・デザインが生じた"後"に多く現れる」「評価基準がコスト→新規性へ移る」 「確立後に有機的組織が増える」は、すべて向きが逆でバツでした。 → R06 第9問
📝 過去問はこう出る(H25 第18問) 図を使って、流動化・成長・特定化の各段階に適した組織を問う問題。正解は 「特定化段階から再び流動化段階へ"脱成熟"させるには、一定以上の垂直統合が必要」。 工程革新が進むと「生産性が低下する」とした選択肢は、生産性は向上するのが本モデルの主旨なのでバツ。 → H25 第18問
💡 S字曲線と経路依存性(発展) 技術の進歩は、初めゆっくり→急成長→やがて頭打ち、というS字型の曲線を描くことがあります。 また、いったん普及した技術と社会の関係が、その後の発展の方向を縛ってしまうことを 経路依存性(path dependency) といい、「優れた技術が必ずしも成功しない理由」として問われます(H30 第9問)。
5-3 ドミナント・デザインと技術標準
ドミナント・デザインとは
ドミナント・デザイン(dominant design=支配的設計) とは、 その業界で「これが標準の形だよね」と、事実上のスタンダードになった製品設計のことです。 使い方・仕様・評価基準が顧客の間で共有されてくると、自然と定まってきます(A-Uモデルの流動期の終わり)。
- 例:昔は形もバラバラだった自動車が、「前にエンジン・4輪・ハンドル」という型に落ち着いた、というイメージ。
- ドミナント・デザインが決まると、競争の焦点は「どんな形にするか」から「いかに安く良く作るか」へ移ります。
デファクト・スタンダードとデジュール・スタンダード
「標準(スタンダード)」には、決まり方の違う2種類があります。ここは混同注意の頻出ポイントです。
| 種類 | 決まり方 | 例 |
|---|---|---|
| デファクト・スタンダード(事実上の標準) | 市場での競争を通じて、多く使われた結果として決まる | パソコンOS、動画の規格争いの勝者 |
| デジュール・スタンダード(公的標準) | ISO等の標準化機関が公式に定める | 各種の国際規格・JIS |
⚠️ 混同注意:ISOのような標準化機関で調整して決めるのはデジュール(公的標準)。 デファクトは市場競争の結果なので、「機関での協議が中心的方策」と書いてあったらバツです。
ネットワーク外部性
ネットワーク外部性(network externality) とは、 「その製品を使う人が増えるほど、1人ひとりの便益(うれしさ)も大きくなる」性質のことです。 デファクト・スタンダードの獲得を左右する、いちばん大事な力です。
| 種類 | 中身 |
|---|---|
| 直接的効果 | ユーザー数そのものが増えることで便益が増す(例:SNSは使う人が多いほど便利) |
| 間接的効果 | ユーザー数増加に伴い、補完財(対応ソフト・周辺機器など)が増える・安くなることで便益が増す |
- ネットワーク外部性が働く市場では、先にユーザー数を増やした者が、雪だるま式にさらに有利になります。 だから「競合より早くユーザー基盤を広げる」ことが競争優位の決め手になります。
- 逆に言うと、必ずしも性能が一番のものが標準になるとは限らない(初期のシェア獲得が効く)点が要注意です。
📝 過去問はこう出る(R02 第13問) デファクト・スタンダードとネットワーク外部性を問う問題。正解は 「ネットワーク外部性を利用して競争優位を得るには、競合より早期にユーザー数を増やすことが有効」。 「ISOでの調整が中心的方策(=デジュールとの取り違え)」「性能が最高のものが標準になる」 「補完財の多様化による便益は"直接的"効果(本当は間接的)」は、すべて典型的な引っかけでバツでした。 → R02 第13問
5-4 イノベーションのジレンマ ★頻出
クリステンセンの問い
C. クリステンセン の 『イノベーションのジレンマ』(The Innovator's Dilemma) は、 「なぜ、優れた大企業(優良企業)が、新しい技術の登場によって負けてしまうのか」を説明した理論です。 試験の超頻出テーマなので、2つの技術の対比をしっかり押さえましょう。
| 用語 | 中身 |
|---|---|
| 持続的技術(sustaining technology) | 既存顧客が求める性能を、これまでの延長線上で高めていく技術。優良企業が得意 |
| 破壊的技術(disruptive technology) | 登場時は性能が低く安価。当初は主流市場に見向きされないが、やがて急成長して既存企業を脅かす技術 |
「ジレンマ」の中身
なぜ優良企業ほど負けるのか。それは、優良企業が「正しく」振る舞うからです。
破壊的技術が登場した「初期段階」の特徴
・性能 … 主流市場が求める水準では、持続的技術の製品より【低い】
・市場規模 … 当初はニッチ・ローエンドで、既存の主流市場より【小さい】
・利益率 … 単純・低価格でマージンも【低い】
↓
優良企業は「今の優良顧客の声を聞き、儲かる持続的技術に集中する」
という"合理的な判断"をする
↓
結果、小さく利益も薄い破壊的技術を見送ってしまい、
それが育ったときに気づけば手遅れ … これが【ジレンマ】
- ポイントは、破壊的技術は初期には「性能が低く・市場が小さく・利益率も低い」という3点。 だからこそ、まともな大企業ほど参入をためらう――ここがジレンマの核心です。
📝 過去問はこう出る(R04 第9問) クリステンセンの理論で、破壊的技術の初期段階に関する記述a〜cの正誤を問う問題。 a「破壊的技術の製品は性能が低い」/b「対象市場が小さい」/c「利益率が低い」―― 3つとも「正」が正解でした。この3点セットは、そのまま覚えてしまうのが得策です。 → R04 第9問
⚠️ 混同注意:クリステンセン vs アバナシー&アッターバック - クリステンセン=イノベーションのジレンマ(持続的技術/破壊的技術。既存企業がなぜ負けるか) - アバナシー&アッターバック(A-U)=生産性のジレンマ(製品革新→工程革新。効率と革新の板ばさみ) どちらも「ジレンマ」ですが中身は別物。名前と対比を取り違えないようにしましょう。
5-5 オープン・イノベーションと吸収能力
オープン・イノベーション(チェスブロウ)
H. チェスブロウ が提唱した オープン・イノベーション とは、 自社だけで研究開発を完結させる(自前主義=クローズド)のをやめて、 外部の技術・知識を積極的に取り込み、また自社の技術を外に出して活用する、双方向の取り組みのことです。
| 方向 | 中身 | ねらい |
|---|---|---|
| インバウンド型(外→内) | 外部の技術・アイデアを取り込む | 開発の加速・自前でできない領域の補完 |
| アウトバウンド型(内→外) | 自社の技術を外部に出して活用してもらう | ライセンス収入・ジョイントベンチャー収入など多様な収益源 |
- 対義語は クローズド・イノベーション(自前主義)。すべてを社内で抱え込む従来型のやり方です。
⚠️ NIH症候群(Not Invented Here) 「ここで発明されたものではない」=社外の技術を嫌い、活用を拒む心理のこと。 オープン・イノベーションを妨げる代表的な壁として問われます。原因は不信感やプライドなど複合的で、 「自社技術への自信だけが理由」と限定するとバツになります(H27 第9問)。
📝 過去問はこう出る(H27 第9問) 社外連携によるイノベーションを問う問題。正解は 「自社の経営資源を社外に開放して活用すれば、知的財産権収入やジョイントベンチャーの事業収入など 多様な収益源を確保できる可能性が生まれる」=アウトバウンド型オープン・イノベーションの説明。 リードユーザー情報を「評価にとどめる」と過小評価したり、NIHの原因を1つに限定したりする選択肢はバツ。 → H27 第9問
吸収能力(absorptive capacity)
吸収能力 は コーエン&レビンソール が示した概念で、 「外部の新しい知識の"価値"に気づき、それを取り込んで活用する組織の能力」のことです。 オープン・イノベーションの成否を左右する、いわば「外の知を消化する胃袋」です。
- カギは"既存知識":吸収能力は、すでに社内に蓄えた関連知識の上に成り立ちます。 土台となる知識がないと、外部にすごい情報があっても、その価値に気づけません。
- だから、「外の知を取り込むためにこそ、自社の研究開発(R&D)が必要」という一見逆説的な関係になります。 R&Dは、新製品を生むだけでなく、外部知識を吸収する能力を高めるという副次的効果も持つのです。
- 吸収能力は個人の能力の単純な足し算ではなく、組織のコミュニケーション構造に依存する組織レベルの能力であり、 研究開発部門だけの専売特許でもありません。
📝 過去問はこう出る(R05 第9問) 吸収能力の定義を問う問題。正解は 「吸収能力とは、既存知識によって新しい情報の価値に気付き、それを活用する能力である」。 「個人の吸収能力の総和」「既存知識とは関係がない」「研究開発部門に特有」は、いずれも定義を外してバツ。 → R05 第9問 / H24 第18問
5-6 ユーザー・イノベーションと情報の粘着性
ユーザー・イノベーション(フォン・ヒッペル)
E. フォン・ヒッペル は、イノベーションはメーカー(作り手)だけでなく、ユーザー(使い手)自身からも 生まれることを明らかにしました。これを ユーザー・イノベーション といいます。 アンケートで顧客ニーズを聞いて作り手が開発する「従来型」とは違い、ユーザー自身が革新の主役になる点がポイントです。
情報の粘着性
なぜユーザー自身が開発したほうが良い場合があるのか。その理由が 情報の粘着性(stickiness) です。
情報の粘着性=その情報を、ある場所から別の場所へ移転する(伝える)のにかかるコストの高さ。 粘着性が高い=伝えにくい、粘着性が低い=伝えやすい、という意味です。
ユーザー・イノベーションが起こりやすいのは、次の組み合わせのときです。
| 情報の種類 | 粘着性 | 意味 |
|---|---|---|
| ニーズ情報(何が欲しいか) | 高い | ユーザーの困りごとは、言葉にしてメーカーへ伝えるのが難しい |
| 技術情報(どう作るか) | 低い | ユーザーでも技術を入手・利用しやすい |
→ このとき「ニーズを持つユーザー自身が作る」ほうが効率的なので、ユーザー・イノベーションが起こります。
リードユーザー
リードユーザー(lead user/先端ユーザー) とは、 市場の一般ユーザーより先に、将来のニーズを"先取り"して強く感じている先進的なユーザーのことです。
- リードユーザーは、実用的な裏付けのある先進的ニーズや解決策を持つため、重要なイノベーションの源泉になります。
- 注意:リードユーザーは「特定企業への忠誠心が高いお得意さん」という意味ではありません。 あくまで「ニーズを先取りする先進的ユーザー」です。ここが定番の引っかけです。
📝 過去問はこう出る(R07 第10問) ユーザー・イノベーションを問う問題。正解は 「ニーズ情報の粘着性が高く、技術情報の粘着性が低い場合に起こりやすい」。 「ユーザー・イノベーション=メーカーがアンケートでニーズを調べて開発すること」(これは従来型)や、 「リードユーザー=特定企業への忠誠度が高いユーザー」(定義が誤り)は、いずれもバツでした。 → R07 第10問
5-7 コア技術戦略と補完資産
コア技術戦略
コア技術戦略 とは、 特定の技術分野(コア技術)に経営資源を集中させ、その技術をベースに製品を次々と展開していく戦略です。 一つの強い技術を核(コア)にして、そこから多様な製品を生み出していくイメージです。
コア技術戦略の本質は、次の「循環(学習ループ)」にあります。
コア技術 ──[このコア技術を基盤に]──→ 多様な製品を開発
▲ │
└──[開発で得た学習成果をコア技術に還元]──┘
(=コア技術がさらに強化・発展していく)
- コア技術を核に、多様な製品・市場へ展開できるのがこの戦略の利点(多角化しやすい)。
- ただし、コア技術が陳腐化したり模倣されたら、コア技術自体も見直し・刷新する必要があります。 「入れ替えを考えず既存技術に固執する」のは不適切です。
📝 過去問はこう出る(R07 第9問) コア技術戦略の特徴を問う問題。正解は 「コア技術を基盤に多様な製品を開発し、その学習成果をコア技術の強化・発展につなげる」。 「陳腐化しても入れ替えず固執する」「既存市場のシェア拡大が最優先」「多角化が難しくリスク分散しにくい」は、 いずれもコア技術戦略の趣旨に反してバツでした。 → R07 第9問
補完資産(complementary assets)
補完資産 は ティース(Teece) が示した概念で、 「技術(発明)を、実際の"稼ぎ"に結実させるために必要な、技術以外の経営資源」のことです。
- どんなに優れた中核技術(コア技術ノウハウ)があっても、それだけではお金になりません。 製造・販売・マーケティング・アフターサービス・ブランドなどがそろって初めて、事業として成立します。 この技術を支える"周辺の力"が補完資産です。
中核となる技術ノウハウ(発明) + 補完資産(製造・販売・サービス等)
└──────────┬──────────┘
技術革新が「経済的な成果」に結実
- 補完資産は自社で保有するか、外部に依存する(他社に頼る)かを選べます。 技術を持つベンチャー企業にとって、この補完資産をどう確保するかは死活問題です。
- なお「少数の特定顧客に大部分を売っている」状態は、自社に販売力があるのではなく、顧客に依存している状態です。 これを「補完資産としての販売力を自社保有」と書くのは誤り、という引っかけがあります。
📝 過去問はこう出る(H23 第9問) 中核技術ノウハウと補完資産を切り分けて、ハイテク・ベンチャーについて問う問題。「最も不適切」を選ぶ形式で、 正解(=不適切)は「少数の特定顧客が製品の大部分を購入している場合、補完資産としての販売力を自社保有している」。 これは実際には顧客への依存であって、自社の販売力ではないのでバツでした。 → H23 第9問
5-8 リーン・スタートアップと新規事業・社内ベンチャー
リーン・スタートアップ(リース)
E. リース が提唱した リーン・スタートアップ は、 顧客がいるかどうかも不確実な新規事業で、"作りすぎ"のムダを避けながら、小さく試して素早く学ぶ手法です。 トヨタ生産方式(リーン生産=ムダの排除)の考え方から影響を受けています。
中核は 「構築 → 計測 → 学習」のサイクルです。
① 構築:顧客ニーズの仮説を立て、コストをかけずに
MVP(Minimum Viable Product=実用最小限の製品)をつくる
▼
② 計測:MVPを実際に顧客(特にアーリー・アダプター)に使ってもらい、反応を測る
▼
③ 学習:反応から学び、必要なら【ピボット】=戦略の方向転換をする
└────────→ ①へ戻り、素早く回す
- MVP:最初から完璧な製品を作り込まず、検証に必要な最小限の製品で市場の反応を見る、が肝。
- アーリー・アダプター:流行に敏感で自ら情報収集する初期採用層。早期に巻き込むことが推奨されます。
- ピボット:仮説が外れていたら方向転換する。ただし「最適なタイミングを特定する手法が体系的に用意されている」 わけではなく、あくまで検証結果から判断するものです(ここが引っかけ)。
📝 過去問はこう出る(R07 第11問) リーン・スタートアップの記述として「最も不適切なもの」を選ぶ問題。正解(=不適切)は 「ピボットをする最適なタイミングを特定化する手法が提示され、それを使用することが推奨される」。 MVPで反応を測る「構築-計測-学習」サイクル、アーリー・アダプターの巻き込み、トヨタ生産方式の影響は、 いずれも適切な記述(=正解ではない)でした。 → R07 第11問
社内ベンチャー
社内ベンチャー は、大企業が社内に独立性の高い小集団を設け、小さな独立企業のように運営させて、 本業とは異質な新事業を生み出す仕組みです。
- ねらい:①新事業領域での学習の装置、②メンバーの自律感を高め、推進の心理的エネルギーを生む、 ③本業からの過剰な介入を排し、既存のトップダウン発想から離れた発想を可能にする。
- 注意:社内ベンチャーは親企業(社内)の関与が比較的強いのが特徴です。 「投資先に深く関与するハンズオン型ベンチャーキャピタルより、親企業の関与度が低い」と書くのは誤りです。
📝 過去問はこう出る(H24 第8問) 社内ベンチャーの記述で「最も不適切なもの」を選ぶ問題。正解(=不適切)は 「ハンズオン型VCに比べ、新事業に対する親企業の関与の程度は低くなる」。 学習装置・自律感・トップダウンからの乖離といったねらいは、いずれも適切な記述でした。 → H24 第8問
5-9 (発展)研究開発マネジメント
技術経営の締めくくりとして、研究開発(R&D=Research and Development)のマネジメントを整理します。 ここは5-5(吸収能力)や5-2(A-U)とつながる論点です。
R&Dへの投資は「二重の意味」を持つ
前述のとおり、自社のR&D、とりわけ基礎研究への投資は、
- 新しい技術・製品を生み出す(本来の目的)
- 外部の科学技術を理解・評価・活用する吸収能力を高める(副次的効果)
という二重の効果を持ちます。だから、外部知識が重要な時代でも「自前のR&Dは不要」にはならないのです。 「イノベーションが速い分野だから研究開発投資を低く抑える」といった記述は、この点で誤りになります。
A-Uモデルと研究開発組織
5-2で見たとおり、産業の段階によって、求められる組織や研究開発のあり方が変わります。
| 段階 | 中心となる革新 | 向いている組織 |
|---|---|---|
| 流動期 | 製品革新(試行錯誤) | 柔軟な有機的組織(探索重視) |
| 移行期〜固定期 | 工程革新(効率化) | 機械的組織(効率・標準化重視) |
- 新しいものを探索する局面(流動期)と、効率を極める局面(固定期)では、組織のかたちを変える必要がある、 という視点は、第9章「組織構造」の有機的組織/機械的組織の論点とも直結します。
💡 覚え方:技術経営の全体像は、「生む(5-1〜5-2)→ 標準を握る(5-3)→ 守る/負けない(5-4)→ 外の力を借りる(5-5〜5-6)→ 稼ぎに変える・回す(5-7〜5-9)」という流れでつかむと、 バラバラの用語が1本の線でつながります。
この章のまとめ(試験直前チェック)
- ☐ イノベーション=新結合(シュンペーター)。発明が経済的成果に結実して初めてイノベーション
- ☐ 種類:プロダクト(製品)/プロセス(工程)、漸進的(インクリメンタル)/画期的(ラディカル)
- ☐ A-Uモデル(アバナシー&アッターバック)=製品革新 → 工程革新へ主役交代。生産性のジレンマ
- ☐ 製品革新が多いのは流動期(ドミナント・デザイン確立の前)、確立後は工程革新・機械的組織(向きに注意)
- ☐ ドミナント・デザイン=業界標準の設計。デファクト(市場競争) ≠ デジュール(ISO等)
- ☐ ネットワーク外部性:ユーザーが増えるほど便益増。先にユーザー数を増やすが勝ち/性能一番が標準とは限らない
- ☐ 直接的効果(ユーザー数)/間接的効果(補完財の充実・低価格化)
- ☐ イノベーションのジレンマ(クリステンセン)=持続的技術 vs 破壊的技術。破壊的技術は初期に性能低・市場小・利益率低
- ☐ オープン・イノベーション(チェスブロウ)=外部の知を取り込み/自社技術を外に出す双方向。NIH症候群が壁
- ☐ 吸収能力(コーエン&レビンソール)=既存知識で外部知識の価値に気づき活用。R&Dが吸収能力を高める
- ☐ ユーザー・イノベーション(フォン・ヒッペル)=ニーズ情報の粘着性 高・技術情報の粘着性 低で起こる
- ☐ リードユーザー=ニーズを先取りする先進ユーザー(≠忠誠心の高い顧客)
- ☐ コア技術戦略=コア技術を核に多様な製品展開+学習をコア技術に還元(陳腐化したら刷新する)
- ☐ 補完資産(ティース)=技術を稼ぎに変える製造・販売・サービス等。自社保有か外部依存かを選ぶ
- ☐ リーン・スタートアップ(リース)=MVPで「構築-計測-学習」。ピボットは検証結果で判断(トヨタ生産方式が源流)
- ☐ 社内ベンチャー=学習装置・自律感・脱トップダウン。親企業の関与は比較的強い
この章に対応する主な過去問
| 年度・問 | 論点 | リンク |
|---|---|---|
| R06 第9問 | A-Uモデル(アバナシー&アッターバック) | 問題 |
| H25 第18問 | 生産性のジレンマ・各段階の組織 | 問題 |
| H30 第9問 | イノベーションの進化(S字曲線・経路依存性) | 問題 |
| R02 第13問 | デファクト・スタンダードとネットワーク外部性 | 問題 |
| R04 第9問 | イノベーションのジレンマ(クリステンセン) | 問題 |
| H29 第11問 | イノベーションのタイプと知識 | 問題 |
| H27 第9問 | オープン・イノベーション | 問題 |
| R05 第9問 | 吸収能力(absorptive capacity) | 問題 |
| H24 第18問 | 吸収能力とR&D投資 | 問題 |
| R07 第10問 | ユーザー・イノベーション・情報の粘着性 | 問題 |
| R07 第9問 | コア技術戦略 | 問題 |
| H23 第9問 | コア技術と補完資産 | 問題 |
| R07 第11問 | リーン・スタートアップ | 問題 |
| H24 第8問 | 社内ベンチャー | 問題 |
次章予告 ▶ 第6章「企業間関係とM&A・提携」 本章では「オープン・イノベーション」「補完資産の外部依存」など、外部との連携が繰り返し登場しました。 次章では、その連携をさらに深めたM&A(合併・買収)や戦略的提携(アライアンス)を扱います。 系列・ジョイントベンチャー、そして頻出の取引コストの考え方まで、企業と企業のつながり方を整理します。