事案の概要データ
| 報道 | 2026年10月30日(Security NEXT) |
|---|---|
| 最初の判明 | 2025年11月(職員が書庫内の2023年度の簿冊を閲覧した際) |
| 紛失件数 | 精神障害者保健福祉手帳の申請書類79件、自立支援医療受給者証の申請書類154件 |
| 対象人数 | 申請者の重複を除くと172人 |
| 項目 | 氏名、住所、電話番号、マイナンバー、生年月日、病名、病歴、病状、検査所見、家族の情報など |
| 捜索 | 2026年8月にかけて聞き取り調査や捜索を実施したが発見できず |
| 追加の判明 | その後の書庫内確認で、あらたに一部申請書類の紛失が判明(捜索したが発見できず) |
| 対応 | 対象となる申請者に電話または書面送付により謝罪 |
| 注意 | 県自身の公表文を確認できておらず、内容は報道にもとづく |
図解:この事故の構造
- 2025年11月書庫の2023年度の簿冊を見たところ、申請書類の一部が綴られていないことが判明
- ↓ 捜索に約9か月
- 〜2026年8月聞き取り調査と捜索を実施したが発見できず
- (その後)書庫内の再確認で、あらたに一部申請書類の紛失が判明。こちらも発見できず
- ↓ 最初の判明から約1年
- 2026年10月30日申請書類233件・対象172人の紛失が報じられる。対象者には電話または書面で謝罪済み
何が起きたのか
愛知県の精神保健福祉センターで、申請書類の紛失が判明したと報じられました。
報道によれば、紛失したのは精神障害者保健福祉手帳の申請書類79件と、自立支援医療受給者証の申請書類154件。申請者の重複を除くと、対象は172人です。
書類に含まれるのは、氏名、住所、電話番号、マイナンバー、生年月日、病名、病歴、病状、検査所見、家族の情報などとされています。
経緯は、2025年11月に職員が書庫内の2023年度の簿冊を閲覧していたところ、申請書類の一部がファイルに綴られていないことが判明したというものです。2026年8月にかけて聞き取り調査や捜索を行いましたが発見できず、その後あらためて書庫内を確認したところ、さらに一部の申請書類の紛失が判明し、こちらも捜索したが見つからなかったとされています。
対象となる申請者には、電話または書面送付により謝罪が行われました。
なお、本記事の時点では県自身の公表文を確認できていません。内容は報道にもとづきます。
最も重い組み合わせが紙で失われた
この事案の重さは、件数ではなく項目の組み合わせにあります。
病名、病歴、病状、検査所見。これは個人情報保護法でいう要配慮個人情報です。本人の同意なく取得・第三者提供してはならない情報で、漏れたときの影響が最も大きい分類です。
そこにマイナンバーが付いています。マイナンバーは番号法(マイナンバー法)で特別に管理が求められ、紛失は特定個人情報の漏えいとして報告対象になります。
さらに家族の情報。本人だけでなく家族にも影響が及びます。
精神障害者保健福祉手帳と自立支援医療の申請書類は、制度上、医師の診断書や意見書がセットになります。つまり、その人の病気の中身がそのまま書かれた紙です。これが所在不明になっています。
この組み合わせは、他のどんな漏えいよりも本人の生活に直接影響します。知られたくない相手に知られれば、就職、結婚、人間関係に及びます。取り返しがつきません。
紙の紛失は「いつ、どこで、誰が」が分からない
本件が示しているのは、紙の個人情報の最大の弱点です。それは「ログが残らない」ことです。
不正アクセスなら、いつ誰がどこから入ったかがログに残ります。範囲を特定でき、漏えい件数を数えられます。だから各社の公表文は「2,377,127件」のように具体的な数字を出せます。
紙にはそれがありません。本件で分かっているのは「2025年11月に2023年度の簿冊を見たら、綴られていなかった」ということだけです。
いつなくなったのか分からない。 2023年度の書類が2025年11月に確認された。その間の2年、誰も開いていなければ、いつの時点で消えたかを特定できません。
なぜなくなったのか分からない。 誰かが持ち出したのか、別のファイルに紛れ込んだのか、廃棄に混ざったのか、最初から綴られていなかったのか。区別できません。
外部に流出したのかも分からない。 だから「紛失」としか書けません。流出していないと言えないし、流出したとも言えない。この状態が最も対応に困ります。本人に「漏れました」とも「大丈夫です」とも言えないからです。
そして、2026年8月まで捜索しても見つからず、その後の確認でさらに別の紛失が見つかった。これは、書庫の中身と台帳が一致していなかったことを意味します。1つ探していたら、もう1つないことに気づいた、という順序です。
判明から約1年が経っている
もう1つの論点は時間です。最初に判明したのが2025年11月。報道は2026年10月30日。約1年が経っています。
この間、聞き取り調査と捜索が行われ、その後に追加の紛失も判明しました。調査に時間がかかったという事情は理解できます。
しかし、本人の立場で考えるとどうか。自分のマイナンバーと病名が書かれた書類が所在不明だと、1年後に知らされる。その1年の間に何かに使われていたとしても、気づけません。
漏えい・紛失の対応には、2つの時計があります。①原因を特定して再発を防ぐための時計(これは時間がかかってよい)。②本人が自分を守る行動を取れるようにするための時計(これは速くなければ意味がない)。
この2つを混同すると、「全部分かってから伝えよう」として遅くなります。2026年10月に見た事案の中でも、ソニー生命は判明の翌日に件数を出し、ちはやふるの事案は3日で特定して公表しました。分かったことから先に出すのが、本人を守る順番です。
紙に「ログ」を作る方法
中小企業にも、紙の個人情報は必ずあります。履歴書、健康診断の結果、給与明細の控え、マイナンバーの提出書類、顧客の申込書。
紙にログを作る方法は、難しくありません。
①ファイルの背表紙に、通し番号と枚数を書く。 「2026年度 従業員マイナンバー 1〜24」のように。中身を数えれば、なくなっていればすぐ分かります。
②棚から出すときに記録する。 ノート1冊で足ります。日付、持ち出した人、ファイル名、戻した日付。4列です。これが紙のアクセスログになります。
③年1回、中身と台帳を突き合わせる。 本件で1年気づかれなかったのは、確認の機会がなかったからです。棚卸と同じで、決めた時期に数えるだけです。
④保管期間を過ぎたものは廃棄する。 持っている量が減れば、なくすものも減ります。溶解処理やシュレッダーの記録も残してください。
⑤重い情報はデジタルに移す。 要配慮個人情報とマイナンバーは、アクセス権限とログが残るデジタル保管のほうが安全です。デジタル化の最大の利点は、便利さではなく誰が見たかが残ることです。
紙は「鍵をかけた棚に入れておけば安全」と思われがちです。しかし、鍵をかけた棚はなくなったことに気づけないという弱点を持っています。
時系列で見る経過
- 2025年11月職員が書庫内の2023年度の簿冊を閲覧した際、申請書類の一部が綴られていないことが判明
- 2025年11月〜2026年8月聞き取り調査や捜索を実施したが発見できず
- (その後)書庫内をあらためて確認したところ、さらに一部申請書類の紛失が判明。捜索したが発見できず
- (対応)対象となる申請者に電話または書面送付により謝罪
- 2026年10月30日報道により判明(県の公表文は未確認)
中小企業が学ぶべきポイント
- 病名・病歴・病状・検査所見は要配慮個人情報。マイナンバーと家族情報が加わると最も重い組み合わせになる。
- 紙の紛失は「いつ・なぜ・外部に出たのか」が分からない。流出したとも、していないとも言えなくなる。
- ファイルの背表紙に通し番号と枚数を書く。数えれば足りないことが分かる。
- 棚から出すときにノートへ記録する。日付・持ち出した人・ファイル名・戻した日の4列でよい。
- 年1回、中身と台帳を突き合わせる。確認の機会がないと、1年気づかない。
- 保管期間を過ぎた紙は廃棄する。持っている量が減れば、なくすものも減る。
- 要配慮個人情報とマイナンバーは、ログが残るデジタル保管のほうが安全。デジタル化の利点は誰が見たかが残ること。
- 漏えい対応には2つの時計がある。原因究明は時間をかけてよいが、本人が自分を守るための通知は速くなければ意味がない。
出典・参考
本記事は、各組織の公表資料および報道をもとに、要点をわかりやすく整理したものです。 被害件数は「漏えいした可能性のある最大件数」として公表されている場合があり、実際に漏えいが確定した件数とは異なることがあります。 また、調査の進展により内容が変わる場合があります。正確な情報は必ず出典元の公式発表をご確認ください。