令和8年度 第2次試験 予想問題 事例Ⅰ
与件文
1A社は、北陸地方のX市に本社を置く、1935年(昭和10年)創業の和菓子の製造販売業者である。従業員は45名(正社員28名、パートタイマー17名)、売上高は約6億円である。主力商品は、地元産の米粉と小豆を用いた最中や羊羹といった定番銘菓であり、X市を代表する土産菓子として長く親しまれてきた。
2A社の販売チャネルは、本社工場に併設した本店のほか、市内の直営店2店舗、地元の土産物店や駅売店への卸売、および全国の百貨店で開催される物産展への出店である。売上構成比は、卸売が約45%、直営店が約35%、物産展が約15%、自社ECサイトが約5%となっている。直営店と卸売の主要な購買層は、市内在住の60代以上の固定客と、X市を訪れる観光客である。
3製造部門は、和菓子職人14名で構成される。餡練りや生地づくりは、その日の気温・湿度に応じた微妙な調整を要し、その判断は職人の経験と勘に依存している。A社では長年、若手が先輩職人の作業を見て覚える方式をとってきた。作業手順書は簡易なものしか存在せず、配合や火加減の判断基準が文書化されているわけではない。職人の平均年齢は52歳で、うち4名が今後5年以内に定年を迎える。一方で若手職人の採用は難航しており、直近5年間で採用できた新卒は2名にとどまり、うち1名は3年目で退職している。
43代目であるA社長(62歳)は、1990年に父の跡を継いだ。就任後は定番銘菓の品質を守ることを最優先とし、「変えないことが老舗の価値である」という考えのもと、新商品開発には慎重な姿勢をとってきた。組織は製造部、営業部、管理部の3部門からなる機能別組織であり、部門間の人事異動はほとんど行われてこなかった。給与は年功序列型で、職人については勤続年数に応じた等級によって決定されている。新商品の企画や販促の実施には、製造部と営業部の双方の合意と社長の決裁が必要とされてきた。
5転機は2020年に訪れた。感染症の拡大により、売上の柱であった物産展が相次いで中止となり、市内の観光客も激減した。A社の売上高は前年比で約3割落ち込んだ。この時期に、東京の食品メーカーで商品企画を担当していたA社長の長男(当時30歳)が家業に戻り、専務に就任した。専務は自社ECサイトの立ち上げとSNSでの情報発信を主導し、それまでA社が接点を持ってこなかった20代から40代の顧客を新たに獲得した。
62025年、A社に一つの相談が持ち込まれた。同じX市内で40年にわたり営業してきた洋菓子店X社が、経営者の高齢化と後継者不在から廃業を検討しているという内容であった。X社は従業員8名(うちパティシエ3名)、売上高約8千万円の小規模企業であるが、フランスで修業した経営者の技術に基づく焼き菓子は市内で高い評価を得ており、20代から40代の女性を中心とした固定客を持っていた。A社長は、X社の技術と顧客基盤に着目し、また地域の菓子文化を絶やしてはならないという思いから、X社の事業を譲り受けることを決断した。
7事業譲受は2025年春に完了し、X社の従業員8名全員がA社に移籍した。A社はX社の店舗を「洋菓子部門」として存続させるとともに、専務の主導により、和菓子職人とパティシエが共同で新商品を開発するプロジェクトを発足させた。このプロジェクトから生まれた、和三盆と発酵バターを合わせた焼き菓子は、ECサイトと若年層を中心に好評を博し、直近では新商品だけで売上高の約8%を占めるまでに成長している。
8しかし、統合から時間が経過するにつれ、社内にはいくつかの問題が表面化してきた。第1に、X社出身の従業員に適用される処遇である。X社では技術と成果に応じて経営者が個別に賃金を決めていたが、A社への移籍後は勤続年数に基づく等級制度が適用され、パティシエ3名の等級はいずれも入社1年目相当とされた。第2に、意思決定の速度である。X社では経営者が即断していた商品の企画や販促が、A社では製造部と営業部の調整と社長決裁を経る必要があり、決定までに数週間を要するようになった。第3に、両部門の交流である。和菓子職人とパティシエは、新商品プロジェクトのメンバーを除いてほとんど接点がなく、製造現場には「和菓子が本業であり、洋菓子は間借りにすぎない」という意識が残っている。直近では、X社出身のパティシエ1名が「自分の技術が正当に評価されていない」として退職した。
9A社長は、こうした状況に危機感を抱いている。和洋を組み合わせた新商品事業は成長の柱として期待できる一方、売上の大半を占める定番銘菓の製造は依然としてベテラン職人に支えられており、その技能の承継も待ったなしの課題である。また、A社長自身も65歳での引退を視野に入れ、専務への経営の承継を進めたいと考えている。専務は新商品の企画や販売チャネルの開拓には長けているものの、製造現場のベテラン職人との関係構築には課題を残している。
10A社長は近々、中小企業診断士の助言を受けながら、組織体制と人事制度の全社的な見直しに着手することにしている。
設問
A社がX社の事業を譲り受ける以前におけるA社の(a)強みと(b)弱みについて、それぞれ40字以内で述べよ。
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(a)強み老舗銘菓のブランド力と直営・卸・物産展・ECの多様な販路、企画経験を持つ後継者。(40字)
(b)弱み職人の高齢化と技能の属人化、年功型処遇による若手の定着難、新商品開発力の弱さ。(39字)
型① 現状分析与件の事実を「強み/弱み」という枠に仕分けるだけの設問です。助言や改善策を書く場ではありません。
STEP1/時点指定を確認する「X社の事業を譲り受ける以前」という時点指定があります。過去問でも令和6年度事例Ⅰ「A社の2000年当時における」、令和元年度事例Ⅱ「2019年10月末時点」と時点を切る出題があり、ここを読み落とすと全滅します。譲受後に得た「焼き菓子の技術」「20〜40代女性の顧客基盤」は、この設問では書いてはいけません。
STEP2/内部資源の言葉で書く強み・弱みは内部要因なので、経営資源の言葉(技術・人材・設備・ブランド・顧客基盤・販路)で表現します。市場環境(土産需要の減少など)は外部要因なので、ここには入れません。
STEP3/与件から抜き出す- 強み:第1〜2段落「X市を代表する土産菓子として長く親しまれてきた」(ブランド)、「直営店・卸売・物産展・ECサイト」(多様な販路)、第5段落「商品企画を担当していた長男」「ECとSNSで20〜40代を獲得」(後継者の能力)。
- 弱み:第3段落「経験と勘に依存」「文書化されているわけではない」「平均年齢52歳」「4名が定年」「新卒2名のうち1名が退職」(技能の属人化・高齢化・若手定着難)、第4段落「新商品開発には慎重」「年功序列型」「決裁が必要」(開発力の弱さ・意思決定の遅さ)。
40字では3要素が限界です。体言止め・読点区切りで、1要素あたり12〜13字に圧縮します。「〜である」「〜という点」といった述語は字数の無駄なので削ります。
注意:弱みに「売上が3割減少した」を書くのは避けます。これは外部環境(感染症)による結果であって、A社の内部資源の弱さではありません。
A社長が、廃業を検討していたX社の事業を譲り受けることを決断した理由として、どのようなことが考えられるか。100字以内で述べよ。
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理由は、①修業に基づく焼菓子技術と20〜40代女性の顧客基盤を獲得し、土産需要減少と既存客の高齢化を補えるため、②不足する新商品開発力を短期間で補強できるため、③地域の菓子文化を守るためである。(97字)
型② 理由・要因事例Ⅰの看板設問です。過去13年で24問(事例Ⅰの約4割)を占めます。助言ではないので、与件に根拠のない「べき論」を書くと外れます。
STEP1/M&Aの目的を1次知識で引き出す中小企業がM&A・事業承継で他社を取得する目的は、おおむね次の3つに整理できます。この引き出しを先に開けてから与件を読みます。
- 経営資源の獲得:技術・人材・顧客基盤・販路・ブランドを、自社で育てるより短時間で手に入れる(時間を買う)
- 事業の補完・多角化:既存事業のリスク分散、シナジーの創出
- 地域・社会的な要請:地域資源や雇用の維持
- 「フランスで修業した経営者の技術に基づく焼き菓子は市内で高い評価」→ 技術の獲得
- 「20代から40代の女性を中心とした固定客」→ 顧客基盤の獲得。A社の主要顧客は「60代以上の固定客」(第2段落)なので、顧客層の補完という因果が成り立ちます。
- 「新商品開発には慎重な姿勢」(第4段落)→ 自社の弱みを外部資源で埋める
- 「地域の菓子文化を絶やしてはならないという思い」→ 与件に明記された動機
「理由は、①〜のため、②〜のため、③〜のためである。」と番号を振って並列させます。100字なので3要素が上限です。
加点のポイント:単に「技術を得られるから」で止めず、「自社の何を補えるのか」まで書くことです。A社の弱み(新商品開発力・顧客の高齢化)と、X社の強み(技術・若い顧客層)を対応づけて書けているかが差になります。
A社とX社の統合後のマネジメントについて、以下の設問に答えよ。
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(設問1)要因は、①成果で処遇されたX社と異なり勤続年数基準の等級が適用され技術が評価されない不満が生じた、②部門調整により意思決定が遅く裁量を失った、③和菓子部門との交流が乏しく疎外感が生じたことである。(98字)
(設問2)施策は、①技能や資格を評価する職能資格制度と目標管理を導入し公正に処遇、②和洋合同の商品開発や相互研修で交流機会を設定、③洋菓子部門に権限委譲し裁量を与える。以上で納得感と一体感を高め定着を図る。(98字)
型② 理由・要因型④ 助言・提案「要因を分析させてから、その要因を潰す施策を助言させる」という連鎖型の大問です。設問1で挙げた3つの要因に、設問2の3つの施策が1対1で対応しているかが最大の採点ポイントになります。
STEP1/【最重要】除外条件に線を引く設問2に「賃金水準の引き上げ以外に」という除外条件があります。過去13年で8問以上確認できた頻出パターンで、平成25年度事例Ⅰ「賃金制度以外に」、平成30年度事例Ⅰ「金銭的・物理的インセンティブの提供以外に」と、事例Ⅰでは特によく使われます。
ここで「給与を上げる」と書くと0点です。ただし解答例のように「賃金の決め方(=制度)を変える」のは除外されていません。「水準の引き上げ」と「制度設計」は別物である、という読み分けができるかが問われています。
STEP2/PMI(統合後マネジメント)の1次知識を引き出すM&A後に人材が流出する原因は、財務ではなく人事と組織文化にあります。定番の論点は次のとおりです。
- 処遇の不整合:評価制度が異なることによる不公平感・モチベーション低下
- 裁量の喪失:小規模組織の即断即決から、大組織の階層的意思決定へ移ったことによるストレス
- 心理的な壁:「買われた側」という意識、交流の不足、非公式なコミュニケーションの欠如
第8段落が親切にも「第1に…第2に…第3に…」と3つ並べてくれています。与件が番号を振っているときは、そのまま解答の骨格として使うのが定石です。
- 第1=処遇(等級が入社1年目相当)→ 施策:職能資格制度・目標管理による公正な評価
- 第2=意思決定の遅さ → 施策:洋菓子部門への権限委譲
- 第3=交流の欠如と「間借り」意識 → 施策:合同プロジェクト・相互研修・人事交流
助言型は必ず効果で締めます。「以上で納得感と一体感を高め、定着を図る」のように、設問文が問題視している状態(定着が進まない)を解消する言葉で終わらせると、採点者に意図が伝わります。
A社が、和洋を組み合わせた新商品事業を成長の柱としつつ、定番銘菓の製造技能を次世代に承継していくためには、どのような組織体制を構築し、人材育成を行うべきか。中小企業診断士として150字以内で助言せよ。
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①和菓子事業と新商品事業を分離し、専務直轄の新事業部門に権限を委譲して意思決定を迅速化する。②製造・営業・洋菓子から人材を集めた横断チームを常設し人事交流を進める。③餡練り等の技能を温度・湿度の数値で標準化し、ベテランを指導役に据え計画的OJTを行う。以上で深化と探索を両立し技能承継を図る。(146字)
型④ 助言・提案事例Ⅰの最終問題は、13年間ほぼ例外なく「組織・人事の助言」です。配点も30点前後と大きく、ここを落とすと合格が遠のきます。
STEP1/切り口の指定を骨格にする設問文が「どのような組織体制を構築し、人材育成を行うべきか」と2つの切り口を明示しています。過去問でも平成27年度事例Ⅰ「組織文化の変革や人材育成」という指定がありました。指定された切り口は、そのまま解答の見出しになります。つまり「組織体制について〜」「人材育成について〜」の2ブロック構成が必須です。
STEP2/両立を求められていることに気づく設問文は「新商品事業を成長の柱としつつ」「定番銘菓の技能を承継」と、2つを同時に成立させろと要求しています。これは1次知識の「両利きの経営」(既存事業の深化と新規事業の探索)そのものです。令和7年度事例Ⅰでも探索組織の構築が問われており、近年の頻出論点です。
ここで「新事業に全力を注ぐべき」と一方に振ると、設問の要求を半分しか満たせません。性質の異なる2つの事業を、同じ組織・同じ制度で運営してはいけないという発想が骨子になります。
STEP3/組織体制の引き出し- 事業の分離:機能別組織のままでは、スピードが求められる新事業が既存部門の調整に飲み込まれます(第8段落の「数週間を要する」)。事業部制・カンパニー制・社長直轄部門などで切り離す。
- 権限委譲:分離しただけでは意味がなく、決裁権限を移して初めて迅速化します。同時に、これは専務への経営承継(第9段落)の実地訓練にもなります。
- 横断チームの常設:分離だけだと「和菓子」と「洋菓子」の壁がさらに固まります。分けたうえでつなぐ仕組み(プロジェクトチーム・人事交流)を置くのがセットです。
- 暗黙知の形式知化:与件第3段落に「経験と勘に依存」「文書化されているわけではない」と明記されています。温度・湿度・配合を数値化してマニュアル化するのが直接の対応策です。
- 計画的OJT:「見て覚える」方式から、ベテランを指導役として明示的に配置する方式へ。定年を迎える4名(第3段落)を再雇用して指導役に充てるという書き方も加点が期待できます。
- 多能工化・ジョブローテーション:和菓子と洋菓子の双方を経験させることで、新商品開発の担い手も育ちます。
150字は4〜5要素が目安です。解答例は「組織2要素+育成1要素+効果」で構成しています。要素を詰め込みすぎて各項目が抽象語(「体制を整備する」など)だけになると、かえって点が伸びません。与件の固有名詞(餡練り、温度・湿度、専務)を1つ以上入れると、与件に即した解答であることが伝わります。