このページの要点
① 昼夜間人口比率は87.3%で、政令指定都市20市の最下位。夜153万8,262人が住む街に、昼は134万2,397人しかいません。差し引き19万5,865人が昼間に市外へ出ています。
② 40年でこの比率は下がり続けました。1980年の94.0%から2005年の87.0%まで低下。2010年に89.5%まで戻したあと、また87.3%へ。住む人の増加に、働く場所の増加が追いついていません。
③ 7区で100を超えるのは川崎区だけ(116.2%)。最低は宮前区の74.5%。同じ市内で41.7ポイントの差があります。
昼と夜で、人口はどれだけ違うか
昼間人口と夜間人口の推移(1980年〜2020年・川崎市)
国勢調査年/棒グラフが人口、折れ線が昼夜間人口比率
40年で夜間人口は+47.8%増えたのに、昼間人口は+37.1%。差は開き続け、比率(緑の線)は94.0%から87.3%へ6.7ポイント低下しました。
唯一の反転は2005年→2010年。ラゾーナ川崎の開業(2006年)と武蔵小杉の再開発が重なったこの5年だけ、昼間人口の伸び(+10.5%)が夜間人口の伸び(+7.4%)を上回りました。
出典:総務省「社会・人口統計体系 市区町村データ」(原典:国勢調査)をもとに作成
昼夜間人口比率のランキング(政令指定都市20市・2020年)
昼間人口 ÷ 夜間人口 × 100/100を超えると「昼に人が集まる街」
1位は大阪市の128.4%。周辺市から人を集める「都心型」です。札幌市がちょうど100.0%で、ここが分かれ目になります。
川崎市は20市でもっとも「外に働きに出る街」です。「通勤・通学の流動」のページで見たとおり、市民の41.9%が他県(ほぼ東京)で働いています。
出典:総務省「社会・人口統計体系 市区町村データ」(原典:令和2年国勢調査)をもとに作成
7区でまったく違う
区別の昼間人口・夜間人口と昼夜間人口比率(2020年)
棒が人口(人)、菱形が昼夜間人口比率(%)/100のラインを点線で表示
残る6区はすべて100未満。最低は宮前区の74.5%で、川崎区との差は41.7ポイント。同じ市内とは思えないほど性格が違います。
出典:総務省「社会・人口統計体系 市区町村データ」(原典:令和2年国勢調査)をもとに作成
25年で、どの区が変わったか(1995年→2020年)
昼夜間人口比率の変化(ポイント)
次いで中原区の−8.3ポイント(91.7%→83.3%)。武蔵小杉のタワーマンション群で夜間人口が急増した一方、昼間人口はそこまで伸びなかったためです。
逆に上がったのは麻生区の+12.8ポイント(68.5%→81.3%)。新百合ヶ丘周辺の商業・医療・教育機能が育ち、区内で働く人が増えたと読めます。
出典:総務省「社会・人口統計体系 市区町村データ」(原典:国勢調査)をもとに作成
解説:夜だけ大きい街
19万5,865人が出ていく
2020年10月、川崎市には153万8,262人が住んでいました。ところが平日の昼間、市内にいる人は134万2,397人。差し引き19万5,865人が、朝になると市外へ出ていきます。
比率にすると87.3%。これが昼夜間人口比率です。100を超えれば「昼に人が集まる街」、100を下回れば「昼に人が出ていく街」。川崎市は後者で、しかも政令指定都市20市で最下位です。
19万5,865人という数は、金沢市や大分市の人口に匹敵します。中核市がひとつ、毎朝そっくり市外へ移動していると考えるとイメージしやすいでしょう。
40年間、下がり続けた
1980年の昼夜間人口比率は94.0%でした。当時の川崎市は臨海部の工業地帯が力を持ち、市内で働く人がいまよりずっと多かった。
そこから比率は下がり続けます。1990年89.8%、2000年87.8%、2005年に87.0%で底。40年で夜間人口は+47.8%増えたのに、昼間人口は+37.1%しか増えませんでした。住む場所としての川崎は成長したが、働く場所としての川崎はそこまで伸びなかったということです。
「製造品出荷額等の推移」のページで見たとおり、1990年代以降の製造業の縮小がこの背景にあります。工場が減れば、そこに通ってくる人も減ります。
2005年→2010年だけ、反転した
40年でただ一度、比率が上がった時期があります。2005年の87.0%から2010年の89.5%へ、2.5ポイントの回復です。
この5年間、昼間人口は+12万1,192人(+10.5%)増えました。夜間人口の伸び(+9万8,501人、+7.4%)を上回っています。
2006年のラゾーナ川崎プラザ開業、武蔵小杉の再開発着手、そして「事業所数・従業者数の推移」で見た情報通信業・専門技術サービス業の集積。川崎に「働きに来る理由」が増えた5年間でした。
ただしその後は再び低下し、2020年には87.3%。回復は続きませんでした。
川崎区だけが逆を向いている
7区に分けると、風景は一変します。
川崎区は116.2%。7区で唯一100を超えます。夜23万2,965人が住む区に、昼は27万642人。3万7,677人が外から入ってくる計算です。臨海部の工場群と、JR・京急川崎駅周辺のオフィス。「産業別の構成(区別)」で見たとおり、市内製造業の中心はこの区にあります。
残る6区はすべて100未満です。もっとも低いのは宮前区の74.5%。次いで多摩区79.1%、麻生区81.3%、高津区82.1%。北部ほど比率が低く、住宅地としての性格が強いことがわかります。
川崎区116.2%と宮前区74.5%の差は41.7ポイント。政令市20市の1位(大阪市128.4%)と最下位(川崎市87.3%)の差が41.1ポイントですから、川崎市内の格差は、全国の政令市の格差と同じ大きさだということです。
25年で入れ替わった
1995年と2020年を比べると、区ごとの動きはさらにはっきりします。
もっとも下がったのは川崎区の−23.6ポイント。1995年には139.8%——いまの名古屋市(111.2%)を大きく超える「昼に人が集まる区」でした。それが116.2%まで落ちています。工場の縮小で昼間人口の伸びが鈍り、いっぽう駅周辺のマンション供給で夜間人口が増えた。両方が同じ方向に効きました。
次に大きいのが中原区の−8.3ポイント(91.7%→83.3%)。武蔵小杉のタワーマンション群が夜間人口を押し上げた一方、昼間人口はそこまで伸びなかった。「住む街」としての性格が25年で強まった区です。
逆に上がった区もあります。麻生区は+12.8ポイント(68.5%→81.3%)と7区で最大の上昇。新百合ヶ丘周辺に商業施設、医療機関、大学が集まり、区内で働ける場所が増えた結果と読めます。宮前区も+8.0ポイント、多摩区+5.2ポイント、幸区+5.1ポイント。北部・西部は「寝るだけの街」から少しずつ脱しつつあるといえます。
中小企業への示唆
1. 平日昼のマーケットは、住民数の87%しかない——飲食、理美容、クリニック、フィットネス。平日日中に地元客を当てにする商売は、住民登録数から1割強を割り引いて考える必要があります。宮前区なら4分の1が不在です。
2. 逆に、夜と週末は「戻ってくる」——19万5,865人は消えたわけではなく、夕方には帰ってきます。北部の住宅地では平日夜・土日に需要が集中する。営業時間と人員配置をそこに合わせることが、統計的に正しい判断です。
3. 川崎区だけはB to Bの発想で——116.2%、つまり平日昼にむしろ人が増える区。ランチ、事務用品、法人向けサービス——他区とは商圏の組み立て方を変えるべきです。
4. 「職住近接」は北部で伸びている——麻生区+12.8ポイント、宮前区+8.0ポイント。在宅勤務の定着もあり、この流れは続く可能性があります。北部でのコワーキング、宅配、日中サービスには追い風です。
データの注意点
昼間人口は「夜間人口 − 流出(通勤・通学で出る人) + 流入(通勤・通学で入る人)」で計算されます。買い物客や観光客は含みません。あくまで通勤・通学ベースの指標です。
2020年10月の国勢調査による数値で、コロナ禍の在宅勤務が反映されています。実際に川崎市の比率は2015年の88.3%から87.3%へ1.0ポイント低下していますが、これは在宅勤務によって「自宅=昼間の所在地」となった人が増えた影響を含みます。平常時の値はこれよりやや低い(=外に出る人がもっと多い)可能性があります。
1980年〜2020年の9時点はすべて国勢調査年です。国勢調査は5年ごとのため、その間の動きはわかりません。
7区の昼間人口・夜間人口の合計は、それぞれ市の値と一致することを確認しています。