川崎市の都市農業と農地の減少

42年で農地は半分に。それでも479haの畑が市内に残っています。

このページの要点

① 耕地面積は42年で49.0%減。1982年の940haから2024年の479haへ。市の総面積142.96km²(14,296ha)に対して3.4%にあたります。

② 販売農家は20年で44%減。1999年の918戸から2019年の517戸へ。いっぽう自給的農家は577戸→532戸とほぼ横ばいです。

③ 専業農家は増えている。1999年の102戸から2014年の253戸へ2.5倍。兼業農家が816戸から342戸へ減るなかで、専業だけが増えました。

農地はどれだけ減ったか

耕地面積の推移(1982年〜2024年)

単位はha(ヘクタール)/1ha=10,000m²

読み方:1982年の940haから2024年の479haへ、ほぼ一直線に減り続けています。42年で461ha——東京ドーム約98個分の農地が消えました。
減り方に注目すると、1990年代がもっとも急です。877ha(1990年)から657ha(2000年)へ、10年で25%減りました。バブル期からその後にかけて、宅地への転用が進んだ時期にあたります。
2000年代以降は減少ペースが緩やかになりましたが、止まってはいません。

出典:総務省「社会・人口統計体系(C 経済基盤)」をもとに作成

農業産出額の推移

単位は百万円/収録は2006年まで

読み方:1980年の42億1,900万円から2006年の26億円へ。26年で38%減りました。
ただし耕地面積の減り方(同期間で約4割減)とほぼ同じペースです。面積あたりの生産性は大きく落ちていないということになります。
残念ながらこのデータは2006年までしか収録されていません。それ以降の産出額は、農林業センサスや市の農業関連資料を参照する必要があります。

出典:総務省「社会・人口統計体系(C 経済基盤)」をもとに作成

誰が耕しているか

農家数の推移(1999年〜2019年)

販売農家=農産物を販売している農家/自給的農家=自家消費が中心の農家

読み方:販売農家は1999年の918戸から2019年の517戸へ、20年で44%減りました。
いっぽう自給的農家は577戸から532戸へ、ほとんど減っていません。相続した農地を、売らずに自家消費用として耕し続けている——そういう姿が数字に表れています。
結果として、2019年時点では販売農家517戸に対し自給的農家532戸と、自給的農家のほうが多くなりました。

出典:総務省「社会・人口統計体系(C 経済基盤)」(農林業センサス)をもとに作成

専業農家と兼業農家

販売農家の内訳/単位は戸

読み方:ここに意外な動きがあります。専業農家は1999年の102戸から2014年の253戸へ2.5倍に増えました。いっぽう兼業農家は816戸から342戸へ58%減っています。
販売農家全体は減っているのに、そのなかで専業の割合は11.1%から42.5%へ上がりました。
減ったのは「勤めに出ながら片手間に農地を維持していた層」です。残ったのは、農業を本業として成立させている農家。数は減ったが、中身は専業化した——これが川崎の都市農業に起きたことです。

出典:総務省「社会・人口統計体系(C 経済基盤)」をもとに作成

解説:156万都市に残る479ヘクタール

半分になった、でもゼロではない

川崎市の耕地面積は1982年の940haから2024年の479haへ、42年でほぼ半減しました。減った461haは、東京ドームおよそ98個分にあたります。

それでも479haが残っているという事実のほうが、むしろ注目に値します。人口156万人、人口密度1万920人/km²で政令指定都市20市の2位——「7区別 人口と人口密度」のページで見たとおり、川崎市は大阪市に次いで人口が詰まった都市です。その市域の3.4%が、いまも農地です。

減り方がもっとも急だったのは1990年代でした。877ha(1990年)から657ha(2000年)へ、10年で25%減。「人口の推移(1980年〜)」のページで見たとおり、この時期の川崎市は1990年に+7.81%という大きな人口増を記録しています。人が増えた分だけ、畑が宅地に変わりました。

専業化という逆説

農家の内訳を見ると、単純な衰退とは言い切れない動きが見えます。

販売農家は1999年の918戸から2019年の517戸へ44%減りました。ところがその内訳では、専業農家が102戸から253戸へ2.5倍に増えています。兼業農家が816戸から342戸へ58%減ったためです。

販売農家に占める専業の割合は、11.1%から42.5%へ。つまり減ったのは「勤めに出ながら、相続した農地を片手間に維持していた層」でした。残ったのは農業を本業として成立させている農家です。

都市農業には、地方の農業にはない条件があります。156万人の消費者がすぐそばにいる。輸送コストがかからず、朝採りの野菜を当日中に売れる。直売所、レストランへの直接納品、体験農園——販路の作り方次第で、小さな面積でも事業として成立します。専業農家が増えたのは、そうした形に移行できた農家が残ったからだと考えられます。

自給的農家が減らない理由

もうひとつ興味深いのが、自給的農家がほとんど減っていないことです。1999年577戸、2019年532戸。20年でわずか8%減にとどまります。

この層は農産物を販売せず、自家消費のために耕しています。経済合理性だけで考えれば、市街化区域の農地は宅地として売ったほうが有利です。それでも耕し続ける理由には、相続税の納税猶予制度や生産緑地制度といった仕組みのほか、先祖から受け継いだ土地を手放したくないという事情もあるでしょう。

結果として2019年には、販売農家517戸に対し自給的農家532戸と、自給的農家のほうが多い状態になりました。川崎の農地の相当部分は、いま「売るためではなく、残すために」耕されています。

中小企業への示唆

1. 地産地消は成立する規模がある——479haという農地は、市内の飲食店やスーパーにとって現実的な仕入れ先です。「卸売・小売業の年間商品販売額」のページで見たとおり、市内小売の39.7%は飲食料品小売業。「川崎産」を打ち出せる素材があること自体が差別化要因になります。

2. 専業農家は事業パートナー——253戸の専業農家は、農業を事業として営んでいます。加工、直売、体験、レストラン——連携の相手として現実味があります。6次産業化の支援ニーズもここにあります。

3. 農地の転用は続く——42年で半減、いまも減少中という事実は、宅地・商業地の供給が今後も生じることを意味します。不動産、建設、住宅設備にとっては需要の源です。

4. 北部に集中している——市街化が進んだ南部に農地はほとんど残っていません。農業関連の商売を考えるなら、宮前区・麻生区・多摩区が対象エリアになります。

データの注意点

耕地面積は1982年から2024年まで41年分と長期にわたりますが、農業産出額は2006年まで、農家数は1999年から2019年の5時点、専業・兼業別は2014年までと、指標によって収録期間が大きく異なります。グラフではデータのある期間のみ表示しています。

区別の耕地面積はこのデータベースには収録されていないため、市全体の数値のみを扱っています。市内の農地分布については、川崎市の農業関連資料をご参照ください。

「販売農家」は経営耕地面積30a以上または農産物販売金額50万円以上の農家、「自給的農家」はそれ未満の農家を指します。この定義は農林業センサスによるものです。

川崎市の農産物として知られる梨(多摩川梨)やのらぼう菜といった品目別の生産量は、このデータベースには含まれていません。