事例Ⅰ|組織・人事

令和3年度 第2次試験問題 事例Ⅰ

中小企業の診断及び助言に関する実務の事例Ⅰ / 試験時間 9:40〜11:00 / 配点100点

与件文

1A社は首都圏を拠点とする、資本金2,000万円、従業員15名の印刷・広告制作会社である。1960年に家族経営の印刷会社として創業し、1990年より長男が2代目として引き継ぎ、30年にわたって経営を担ってきたが、2020年より3代目が事業を承継している。

2創業時は事務用品の分野において、事務用品メーカーの印刷下請と特殊なビジネスフォームの印刷加工を主な業務としていた。当初は印刷工場を稼働しており、職人が手作業で活字を並べて文章にした版を作って塗料を塗る活版印刷が主流で、製版から印刷、加工までの各工程は、専門的な技能・技術によって支えられ、社内、社外の職人の分業によって行われてきた。

3しかしながら1970年代からオフセット印刷機が普及し始めると、専門化された複数の工程を社内、社外で分業する体制が崩れ始め、それまで印刷職人の手作業によって行われてきた工程が大幅に省略され、大量・安価に印刷が仕上げられるようになった。

4さらに2000年頃より情報通信技術の進化によって印刷のデジタル化が加速し、版の作成を必要としないオンデマンド機が普及することによって、オフィスや広告需要の多くが、より安価な小ロット印刷のサービスに置き換わっていった。とりわけ一般的な事務用印刷の分野においては、技術革新によって高度な専門的技術や知識が不要となったため、印刷業ではない他分野からの新規参入が容易になり、さらに印刷の単価が下がっていった。

5こうした一連の技術革新に伴う経営環境の変化に直面する中で、多くの印刷会社が新しい印刷機へと設備を刷新してきたのに対して、A社では、2代目が社長に就任すると、保有していた印刷機、印刷工場を順次売却し、印刷機を持たない事業へと転換した。制作物のデザイン、製版、印刷、製本までの工程を一括受注し、製版や印刷工程を、凸版、凹版、平版などの版式の違いに応じて専門特化された協力企業に依頼することで、外部にサプライチェーンのネットワークを構築し、顧客の細かいニーズに対応できるような分業体制を整えることに注力した。A社では、割り付けやデザインと紙やインク、印圧などの仕様を決定して、印刷、製本、加飾などの各工程において協力企業を手配して指示することが主な業務となっていった。当時、新しい技術に置き換わりつつあった事務用印刷などの事業を大幅に縮小し、多工程にわたり高品質、高精度な印刷を必要とする美術印刷の分野にのみ需要を絞ることで、高度で手間のかかる小ロットの印刷、出版における事業を幅広く展開できるようになった。その結果、イベントや展示に用いられる紙媒体の印刷物、見本や写真、図録、画集、アルバムなどの高精度な仕上がりが求められる分野において需要を獲得していった。

61990年代から行われた事業の転換は、長期にわたって組織内部のあり方も大きく変えていった。印刷機を社内で保有していた時は、製版を専門とする職人を抱えていたが、定年を迎えるごとに版下制作工程、印刷工程を縮小し、それらの工程は協力企業に依頼することとなった。そして、図案の作成と顧客との接点となるコンサルティングの工程のみを社内に残し、顧客と版下職人、印刷工場を仲介し、印刷の段取りを決定して協力企業に対して指示を出し、各工程間の調整を専門に行うディレクション業務へと特化していった。

7他方で2000年代に入ると、同社はデザインと印刷コンテンツのデジタル化に経営資源を投入し、とりわけ高精細画像のデータ化においてプログラミングの専門知識を持つ人材を採用し始めた。社内では、複数の事業案件に対してそれぞれプロジェクトチームを編成し、対応することとなった。具体的には、アートディレクターがプロジェクトを統括して事業の進捗を管理し、外部の協力企業を束ねる形で、制作工程を調整しディレクションする体制となった。

8また、広告代理店に勤務していた3代目が加わると、2代目は図案制作の工程を版下制作から独立させて、新たにデザイン部門を社内に発足させ、3代目に部門の統括を任せた。3代目は、前職においてデザイナー、アーティストとの共同プロジェクトに参画していた人脈を生かし、ウェブデザイナーを2名採用した。こうした社内の人材の変化を受けて、紙媒体に依存しない分野にも事業を広げ、ウェブ制作、コンテンツ制作を通じて、地域内の中小企業が大半を占める既存の顧客に向けた広告制作へと業務を拡大した。しかしながら、新たな事業の案件を獲得していくことは難しかった。とりわけ、こうした新たな事業を既存の顧客に訴求するためには、新規の需要を創造していくことが求められた。また、中小企業向け広告制作の分野においては、既に数多くの競合他社が存在しているため、非常に厳しい競争環境であった。さらに新規の市場を開拓するための営業に資源を投入することも難しいために、印刷物を伴わない受注を増やしていくのに大いに苦労している。

9新規のデザイン部門と既存の印刷部門はともに、サプライチェーンの管理を担当し、デザインの一部と、製版、印刷、加工に至る全ての工程におけるオペレーションは外部に依存している。必要に応じて外部のフォトグラファーやイラストレーター、コピーライター、製版業者、印刷職人との協力関係を構築することで、事業案件に合わせてプロジェクトチームが社内に形成されるようになった。

102代目経営者の事業変革によって、印刷部門5名とデザイン部門10名の2部門体制で事業を行うようになり、正社員は15名を保っている。3代目は特に営業活動を行わず、主に初代、2代目の経営者が開拓した地場的な市場を引き継ぎ、既存顧客からの紹介や口コミを通じて新たな顧客を取り込んできたが、売り上げにおいて目立った回復のないまま現在に至っている。

設問

第1問 配点 20点 100字以内

2代目経営者は、なぜ印刷工場を持たないファブレス化を行ったと考えられるか、100字以内で述べよ。

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解答例(90字)

理由は、印刷機の普及で印刷が安価・大量化し設備投資の負担と価格競争が激化したため。設備を持たず外部の専門協力企業に各工程を委託し、高品質な美術印刷に特化して差別化を図る狙いである。

解説(考え方・プロセス)

設問解釈:「なぜファブレス化したか」=意思決定の理由を問う。外部環境(脅威)への対応と、その結果得られる狙い・効果をセットで書く。

根拠の抽出:

  • 第3・4段落…オフセット印刷機・オンデマンド機の普及で大量・安価な印刷が可能になり、他分野からの新規参入で単価が下落。設備を持ち続けても価格競争に巻き込まれる。
  • 第5段落…印刷機・工場を順次売却し、版式に応じた専門協力企業への外注ネットワークを構築。美術印刷の分野に需要を絞ることで高品質・高精度・小ロットに対応。

構成:「環境変化(設備負担・価格競争)→ だから設備を持たず外部委託 → 高品質な美術印刷へ特化し差別化」という原因→手段→狙いの流れでまとめる。

第2問 配点 20点 100字以内

2代目経営者は、なぜA社での経験のなかった3代目にデザイン部門の統括を任せたと考えられるか、100字以内で述べよ。

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解答例(98字)

理由は、広告代理店での実務経験やデザイナー・アーティストとの人脈を持つ3代目に、既存の印刷事業とは異質なデザイン・広告分野を任せ、新規事業を立ち上げて事業領域を拡大し、円滑な事業承継を進める狙いから。

解説(考え方・プロセス)

設問解釈:「A社での経験がなかった」のにあえて任せた理由=3代目が持つ社外の経験・人脈という強みを、A社に不足していた領域に活かす狙いを読み取る。

根拠の抽出(第8段落):

  • 3代目は広告代理店勤務の経験を持つ。
  • 前職でデザイナー・アーティストとの共同プロジェクトに参画した人脈を持ち、ウェブデザイナーを採用できた。
  • 2代目は図案制作を独立させ新たにデザイン部門を発足=既存の印刷とは異質な新規領域。

構成:「社外で培った経験・人脈(強み)」→「それを新設のデザイン・広告という新領域に活かす」→「事業領域の拡大と次世代への承継」という適材適所+承継の論理でまとめる。

第3問 配点 20点 100字以内

A社は、現経営者である3代目が、印刷業から広告制作業へと事業ドメインを拡大させていった。これは、同社にどのような利点と欠点をもたらしたと考えられるか、100字以内で述べよ。

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解答例(98字)

利点は、紙媒体に依存しないウェブ・広告制作へ事業を広げ、既存顧客への対応力と新たな収益機会を得た点。欠点は、競合が多く厳しい競争環境で新規需要の創造が難しく、営業力不足で受注獲得に苦戦する点である。

解説(考え方・プロセス)

設問解釈:「利点」と「欠点」を必ず両方書く。ドメイン拡大のプラス面(事業機会・シナジー)とマイナス面(経営資源の分散・競争)を対比させる。

根拠の抽出(第8段落):

  • 利点…紙媒体に依存しない分野へ拡大、ウェブ制作・コンテンツ制作で既存の地域中小企業顧客向けの広告制作へ業務拡大。新たな収益源・顧客対応力。
  • 欠点…既存顧客への新規需要創造が必要で難しい、中小企業向け広告は競合多数で厳しい競争環境営業に資源を投入しにくく受注獲得に苦戦

構成:利点・欠点を前後半で対比し、いずれも与件の記述に紐づけて簡潔に列挙する。

第4問 配点 20点 100字以内

2代目経営者は、プロジェクトごとに社内と外部の協力企業とが連携する形で事業を展開してきたが、3代目は、2代目が構築してきた外部企業との関係をいかに発展させていくことが求められるか、中小企業診断士として100字以内で助言せよ。

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解答例(97字)

印刷の協力企業に加え、フォトグラファーやコピーライター等とも継続的に関係を深める。両部門で外部人脈を共有・組織化し、印刷とデザインを融合した広告制作の提案力を高め、新規需要の創造と受注拡大につなげる。

解説(考え方・プロセス)

設問解釈:「外部企業との関係をいかに発展させるか」=既存のサプライチェーン・ネットワークを、新規事業(デザイン・広告)の競争力強化に活かす助言を行う。

根拠の抽出:

  • 第9段落…必要に応じフォトグラファー、イラストレーター、コピーライター、製版業者、印刷職人と協力関係を構築し、案件ごとにプロジェクトチームを編成。
  • 第8段落…新規事業は新規需要の創造・受注獲得に苦戦=外部人脈を提案力・営業力に転化したい。

構成:「外部人脈の継続深化+両部門での共有・組織化」→「印刷とデザインの融合による提案力強化」→「新規需要創造・受注拡大」という効果まで結びつける。第3問の欠点(需要創造の難しさ)の解消につなげる視点が一貫性のポイント。

第5問 配点 20点 100字以内

新規事業であるデザイン部門を担う3代目が、印刷業を含めた全社の経営を引き継ぎ、これから事業を存続させていく上での長期的な課題とその解決策について100字以内で述べよ。

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解答例(98字)

課題は、印刷部門の技術承継と両部門の融合、営業力強化である。解決策は、両部門の人材交流と教育で技術・ノウハウを共有し、外部人脈を活かした提案営業で新規需要を開拓し、全社一体で収益基盤を再構築すること。

解説(考え方・プロセス)

設問解釈:長期的な課題と解決策」=全社視点で、事業存続のための組織・人事面の構造課題を挙げる。事例Ⅰなので人材・組織の論点で締める。

課題の抽出:

  • 第10段落…3代目は営業活動を行わず既存市場の引き継ぎにとどまり売上が回復していない→営業力・新規開拓が課題。
  • 第6段落…印刷部門は職人の技術承継を協力企業に依存しながら縮小→ディレクション機能の維持・承継。
  • 第8〜10段落…印刷部門5名とデザイン部門10名が分立→両部門の融合・連携が必要。

構成:「課題(技術承継・部門融合・営業力)」→「解決策(人材交流・教育、提案営業による需要開拓、全社一体の収益再構築)」と1対1で対応させる。第3・4問の論点を全社視点で総括する位置づけの設問。

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