事例Ⅰ|組織・人事

平成28年度 第2次試験問題 事例Ⅰ

中小企業の診断及び助言に関する実務の事例Ⅰ / 試験時間 9:50〜11:10 / 配点100点

与件文

1A社は、大正時代の半ばに現社長の祖父が創業した、資本金4,000万円の地方都市に本社を置く老舗印刷業者である。戦後まもなく株式会社に改組してから一族で経営を承継し、A社社長は5代目である。現在のA社の売上はおよそ15億円であるが、リーマンショック以降売上は減少傾向で、ここ数年利益もほとんど出ておらず、赤字経営に近い状態で推移している。A社社長の目下の経営課題は、売上や利益を確保し、100年近い同社の歴史を絶やさないことにある。しかし、こうした厳しい経営状況にもかかわらず、およそ150人前後で推移してきた従業員(非正規社員15人前後を含む)のリストラをA社社長自身考えていない。A社ではこれまでも経営理念の一つとして掲げてきた「社員は宝」のスローガンの下で、新卒社員や女性社員の採用を積極的に進め、人件費以外の部分で効率化を図ることに注力してきた。

2A社の売上の70%程度を占めているのは、卒業式前後に生徒・学生に配布する学校アルバム事業であり、創業以来の主力製品である。現在、全国およそ3,000校のアルバム制作を手掛け、年間の学校アルバム製造部数は30万部を超えている。製版から製本までのアルバム制作の全工程を一貫して自社内で行っており、国内シェアもトップクラスである。残りの売上の30%を占めているのは、1970年代から取り組んできた一般印刷事業、1980年代にスタートさせた美術印刷事業とその他新規事業である。

3A社の業績が悪化し始めたのは、2000年代になってからのことであり、それ以前、同社の業績は右肩上がりで推移していた。1990年代半ばの売上は、現在よりも10億円以上も多く、経常利益率も10%を超えていた。当時のA社の成長を支えてきた要因の一つは、今日でも経営理念として引き継がれている人材力の強化、すなわち社員教育の成果にあったといえる。

41970年代半ばに3代目社長が、他社に先駆けてオフセット印刷機を導入したのを契機にして、独自で技術開発に取り組んで印刷精度を向上させた。それによって学校アルバム事業を拡大させ、高い印刷精度が求められる美術印刷事業にも参入している。また、社員教育に力を注ぎ、企画力やデザイン力を強化・向上させたことで、他社と差別化を図ることもできるようになった。さらに、教育効果を高めるために、1980年代半ばには、自社所有の遊休地に研修施設を建設し、新入社員研修や従業員の体験学習、小集団活動を積極的に促してきた。

51980年代後半、将来の少子化時代の到来やOA(オフィス・オートメーション)化の進展が見込まれるようになると、順調に事業を拡大させてきたA社でも、学校アルバム事業や印刷事業の成長の可能性に懸念を抱くようになり、事業多角化を模索し始めた。3代目社長のリーダーシップの下で、自社企画のカレンダーやメモ帳、レターセットなどの印刷関連のオリジナル製品を開発し、商品見本市などでの販売を開始した。その一方で、自社での社員教育の成功体験や施設を活かすことを目的とした企業研修事業や、工芸教室などの教育関連事業にも参入した。また、当時のCI(コーポレート・アイデンティティ)ブームの下で、地元のコンサルティング会社と提携して、企業イメージのトータルデザインを手掛けるコンサルティング事業や自らの顧客である写真館の店舗デザインを助言するといった事業を手掛けるようになった。さらに、漫画雑誌やタウン誌を編集し発行する出版事業にも手を伸ばした。もっとも、1990年代後半にあっても売上のおよそ80%を学校アルバム事業が占めていることから、業績伸張の要因は、1980年代後半に立ち上げたそれら事業ではなく、同社が学校アルバム事業を核に蓄積してきた高度な印刷技術を活用した、一般印刷や美術印刷など印刷事業の拡大にあったことがわかる。2000年代になると、4代目社長が他社に先駆けて進めてきたデジタル化によって、時間やコストの大幅な削減が実現された。

6しかし、現社長が就任した2003年を前後して、印刷業界の経営環境が大きく変化した。インターネットが急速に普及し始めて、出版系の需要が大幅に減少した。加えて、印刷のデジタル化によって専門性の高い製版技術が不要になり、他業種から印刷事業への新規参入が急増するようになった。印刷業界では、新規参入企業との価格競争が激化し、1998年以降の約10年間で市場規模が2兆円以上縮小し、少なからぬ企業がこの市場からの撤退を余儀なくされた。その厳しい状況の中で、A社社長は100年の歴史を背負うことになったのである。

7さらに、2008年のリーマンショックの余波が、印刷業界を襲った。少子高齢化、価格競争の激化、景気低迷といった逆風の中で、このままでは生き残ることさえ難しいと感じたA社社長は、経営改革を決意した。まず着手したのは、多角化した事業に分散していた経営資源を主力製品であるアルバムに集中し強化することであった。

8少子化の中で学校数が減少し学校アルバム市場が縮小するとともに、デジタルカメラの普及以来、それまで学校とのパイプ役を果たしていた地域の写真館の数が減少する中で事業規模を維持していくためには、アルバムの新たな市場や需要を開拓することが不可欠となった。そこで、ターゲット市場を学校だけに限るのではなく、美術館や企業、そして一般消費者のアルバム需要を掘り起こすことに力を入れる体制作りをスタートさせた。少量印刷・高品質印刷が可能な最先端のデジタル印刷機を導入して、得意としてきた美術印刷事業のさらなる強化に加え、定年退職者の記念アルバムや子供の成長記録アルバムの商品化など新規事業を立ち上げた。とはいえ、それら事業を展開するためには、これまでの学校アルバム事業と異なる営業戦略、事業運営体制が必要となる。生産現場の従業員を営業担当に配置換えするとともに、巨大な潜在市場を抱える大都市圏にも営業所を設けるなどして、営業力強化の体制作りに取り組んだ。

9それと同時に、組織改革にも着手した。「営業⇒企画⇒編集⇒印刷⇒製本⇒発送」といった一連の工程を中心に学校アルバム事業に適応するよう編成してきた機能別組織体制を見直し、アルバム事業、一般印刷事業、美術印刷事業、教育関連事業など、複数の事業間に横串を刺すことによって、全社が連動し人材の流動性を確保できるような組織に改変した。

10いうまでもなく、A社の経営改革が結実するまでには時を待たなければならないが、労働人口の減少が著しい地方都市にあって100年の節目を迎えるためにも、さらなる経営改革の推進とともに、それを実現していく有能な人材の確保が必要であることは確かである。

設問

第1問 配点 40点

業績が好調であったA社の3代目社長の時代に進められた事業展開について、以下の設問に答えよ。

(設問1) 当初立ち上げた一般印刷事業などの事業展開によってA社は成長を遂げることができた。その要因として、どのようなことが考えられるか。100字以内で述べよ。
(設問2) 1990年代後半になっても売上の大半を学校アルバム事業が占めており、A社の3代目社長が推し進めた新規事業が大きな成果を上げてきたとはいえない状況であった。その要因として、どのようなことが考えられるか。100字以内で述べよ。
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解答例

設問1要因は、学校アルバム事業で蓄積した高度な印刷技術を一般印刷・美術印刷へ展開できた点。加えて社員教育で企画力・デザイン力を強化し他社と差別化を図り、印刷精度向上で高付加価値の受注を獲得したため。(96字)

設問2要因は、カレンダー等の自社製品や企業研修・出版・コンサル等の新規事業が、主力の印刷技術と関連性が薄く相乗効果を生めなかった点。経営資源が分散し、本業の強みを活かせず競争力を確立できなかったため。(97字)

解説(考え方・プロセス)

設問1の着眼点:「成長できた要因」を問う分析問題。与件の第3〜5段落から、成長を支えた強みを抽出する。ポイントは、業績伸張の主因が新規多角化事業ではなく「学校アルバム事業を核に蓄積した高度な印刷技術を活用した印刷事業(一般・美術印刷)の拡大」だと与件が明言している点(第5段落)。

  • 第4段落…オフセット印刷機導入と独自の技術開発で印刷精度を向上
  • 第3・4段落…社員教育(人材力強化)で企画力・デザイン力を強化し他社と差別化。

これらを「コア技術の関連事業への展開+人材力による差別化」としてまとめる。

設問2の着眼点:設問1と対の構造。新規事業が成果を上げなかった要因を問う。第5段落のカレンダー・メモ帳等の自社製品、企業研修・教育・コンサル・出版事業は、いずれも本業の印刷技術との関連が薄く、シナジー(相乗効果)が得られなかった。多角化により経営資源が分散し、本業の強みを活かせなかった点を因果でまとめる。設問1(関連多角化で成功)との対比=「非関連多角化で失敗」という軸を意識すると書きやすい。

第2問 配点 40点

A社の現社長(5代目)の経営改革に関連して、以下の設問に答えよ。

(設問1) A社が、新規のアルバム事業を拡大していく際に留意すべき点について、これまでの学校アルバム事業の展開との違いを考慮しながら、中小企業診断士として、どのような助言をするか。100字以内で述べよ。
(設問2) A社では、これまで、学校アルバム事業を中核に据えた機能別組織体制を採用していたが、複数の事業間で全社的に人材の流動性を確保する組織に改変した理由を、100字以内で述べよ。
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解答例

設問1留意点は、学校という固定的取引と異なり美術館・企業・一般消費者は個別ニーズが多様で、新規開拓型の営業力が要る点。提案型営業や顧客対応力を育成し、市場特性に応じた営業・運営体制を整えるよう助言する。(98字)

設問2理由は、アルバム事業に最適化した機能別組織では新規事業に対応できないため。事業間に横串を刺し人材を流動化させることで、各事業の知識や技術を共有・相互活用し、多角的な事業展開と人材の有効活用を図るため。(100字)

解説(考え方・プロセス)

設問1の着眼点:「これまでの学校アルバム事業との違いを考慮」が必須条件。第8段落から、学校アルバムは学校・写真館を通じた固定的・反復的な取引であったのに対し、新規事業のターゲットは美術館・企業・一般消費者で需要を掘り起こす必要があり、ニーズが多様。そのため「これまでと異なる営業戦略・事業運営体制が必要」と与件にある。よって助言は新規開拓・提案型の営業力育成、市場特性に応じた体制整備に絞る。

設問2の着眼点:機能別組織から横串組織へ改変した「理由」を問う。第9段落が直接の根拠。
・従来の機能別組織は「営業⇒企画⇒編集⇒印刷⇒製本⇒発送」という学校アルバム事業に特化・最適化した構造で、新規・多角事業に対応しにくい。
・横串を刺すことで全社が連動し人材の流動性を確保=各事業間で人材・知識・技術を共有・相互活用できる。
第7段落の「経営資源をアルバムに集中」と整合させ、多角的事業展開と人材の有効活用を目的として説明する。

第3問 配点 20点 100字以内

業績低迷が続くA社が有能な人材を確保していくためには、どういった人事施策を導入することが有効であると考えられるか。中小企業診断士として、100字以内で助言せよ。

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解答例(99字)

①成果や能力を反映した評価・処遇制度を導入し意欲を高める、②研修施設を活かした教育や小集団活動で能力開発と定着を図る、③やりがいのある仕事や登用機会を提供する。以上で動機付けし有能な人材を確保・育成する。

解説(考え方・プロセス)

設問の制約:有能な人材を確保」のための人事施策を助言。確保=採用だけでなく定着・育成・動機付けまで含めて捉えるのが事例Ⅰの定石。「業績低迷が続く」中で金銭的報酬に過度に頼れない点も踏まえる。

与件の活用:
・第1段落「社員は宝」という経営理念、新卒・女性の積極採用、リストラを行わない方針=人を大切にする組織文化を活かす。
・第3・4段落の社員教育・研修施設・小集団活動という同社の強み(成長の原動力)を、人材確保策に転用する。

組み立て:人事施策の定番フレーム「採用・配置/評価・報酬/能力開発/動機付け(やりがい)」で多面的に。①公平な評価・処遇、②教育・研修による能力開発と定着、③やりがい・登用機会、を盛り込み、最後に「動機付け→確保・育成」と効果で締める。

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