Overview
PAM(Privileged Access Management:特権アクセス管理)とは、システム管理者やデータベース管理者などが保有する強力な権限(特権アカウント)を一元的に管理・制御・監視するためのセキュリティフレームワークです。特権アカウントは通常のユーザーアカウントとは異なり、システム設定の変更、データの一括操作、セキュリティ機能の無効化など、組織のITインフラ全体に影響を及ぼす操作が可能であるため、最も厳格な管理が求められます。
サイバー攻撃の多くは、最終的に特権アカウントの奪取を目的としています。攻撃者が特権アカウントを掌握すれば、ネットワーク全体を自由に移動し、機密データの窃取、マルウェアの展開、ログの改ざんなどを行うことが可能になります。PAMソリューションはこうしたリスクに対し、パスワードの自動ローテーション、セッション記録、承認ワークフローなどの機能を提供し、特権アクセスの安全性を確保します。
近年では、クラウド環境やDevOps環境の普及に伴い、APIキー、SSHキー、サービスアカウントなど、人間以外のIDが保有する特権も増加しています。PAMはこれらの非人間ID(Non-Human Identity)の管理にも対応し、ゼロトラストアーキテクチャの中核的な構成要素として位置づけられています。
Details
特権アカウントの種類
特権アカウントにはさまざまな種類が存在します。ローカル管理者アカウントは個々のサーバーやワークステーションに対するフルコントロール権限を持ち、ドメイン管理者アカウントはActive Directory環境全体を管理できます。サービスアカウントはアプリケーションやサービスの実行に使用され、緊急アクセスアカウント(Break Glass Account)は障害時の緊急対応に備えて用意されます。
さらに、rootアカウント(Linux/Unix)やAdministratorアカウント(Windows)のようなOS組み込みの特権アカウント、データベースのDBA権限、ネットワーク機器のenable権限、クラウドプラットフォームのルートアカウントなど、インフラ全体に広がる多種多様な特権が管理対象となります。
パスワードボールト(Vault)
パスワードボールトは、PAMの中核的なコンポーネントです。特権アカウントのパスワードやSSHキー、APIキーなどの認証情報を暗号化して安全に保管し、承認されたユーザーにのみアクセスを許可します。ボールトに保存されたパスワードは定期的に自動ローテーションされ、使い回しや長期間の固定パスワードによるリスクを排除します。
ユーザーは特権パスワードを直接知ることなく、PAMシステムを経由して対象システムにアクセスします。これにより、パスワードの漏洩リスクを大幅に低減し、すべてのアクセスに対する監査証跡を確保できます。
セッション記録と監視
PAMソリューションは、特権セッションのリアルタイム監視と完全な録画機能を提供します。管理者がサーバーに接続して行うすべての操作(コマンド入力、画面操作、ファイル転送など)が記録され、後から再生・検索が可能です。不審な操作が検出された場合は、管理者にアラートを送信したり、セッションを強制終了したりすることもできます。
セッション記録は、内部不正の抑止効果も高く、コンプライアンス監査(PCI DSS、SOX法、ISMS)における証跡としても活用されます。
Just-In-Timeアクセス(JITアクセス)
Just-In-Time(JIT)アクセスは、特権を必要なときにのみ、必要な期間だけ付与する方式です。常時特権を保持する「Standing Privilege」を排除し、申請・承認ワークフローを経て一時的に権限を昇格させます。作業完了後は自動的に権限が剥奪されるため、攻撃者が侵害したアカウントに特権が残存するリスクを最小化できます。
JITアクセスは最小権限の原則(Least Privilege)を実践する上で最も効果的なアプローチであり、ゼロスタンディングプリビレッジ(Zero Standing Privilege)の実現に不可欠です。
主要なPAMソリューション
CyberArkはPAM市場のリーダーであり、エンタープライズ向けの包括的な特権アクセス管理プラットフォームを提供しています。パスワードボールト、セッション管理、脅威分析、クラウドPAMなど、幅広い機能を統合しています。
BeyondTrustは、特権アクセス管理に加え、エンドポイント権限管理やリモートアクセス管理にも強みを持つソリューションです。その他にも、Delinea(旧Thycotic)、HashiCorp Vault(シークレット管理に特化)、AWS Secrets ManagerやAzure Key Vaultなどのクラウドネイティブなシークレット管理サービスも、PAMの一部として活用されています。
Security Measures
- 01特権アカウントの完全な棚卸しと一元管理:組織内のすべての特権アカウント(ローカル管理者、サービスアカウント、クラウドルートアカウントなど)を洗い出し、PAMソリューションの管理下に置いてください。管理外の特権アカウント(シャドーアドミン)が存在しないことを定期的に検証しましょう。
- 02パスワードの自動ローテーションとボールト管理:特権アカウントのパスワードをパスワードボールトで一元管理し、定期的な自動ローテーションを設定してください。パスワードの手動管理や共有パスワードの使用を廃止し、すべてのアクセスをボールト経由に統一しましょう。
- 03Just-In-Timeアクセスの導入:常時特権を保持する「Standing Privilege」を最小化し、必要なときにのみ承認ワークフローを経て一時的に権限を付与するJITアクセスを導入してください。権限の有効期限を設定し、作業完了後は自動的に権限を剥奪する仕組みを構築しましょう。
- 04特権セッションの記録と監視:すべての特権セッションをリアルタイムで監視し、操作内容を録画・記録してください。コマンドレベルのログ取得、キーストロークロギング、画面録画を組み合わせることで、不正操作の検出と事後調査を可能にしましょう。
- 05多要素認証(MFA)の必須化:特権アカウントへのアクセスには必ず多要素認証を適用してください。パスワードだけでなく、ハードウェアトークンや生体認証を組み合わせることで、認証情報の窃取による不正アクセスを防止しましょう。
- 06特権アクセスの定期的な棚卸しと権限レビュー:特権アカウントの保有者と権限範囲を定期的にレビューし、不要な特権を削除してください。退職者や異動者のアカウントが残存していないか、サービスアカウントの権限が過剰でないかを確認し、最小権限の原則を維持しましょう。
Incidents
📋 SolarWinds サプライチェーン攻撃と特権アクセスの悪用(2020年)
2020年に発覚したSolarWinds Orionへのサプライチェーン攻撃では、攻撃者がソフトウェアアップデートにバックドアを仕込み、導入企業のネットワークに侵入しました。侵入後、攻撃者はActive Directoryの特権アカウントを掌握し、SAMLトークンを偽造して「ゴールデンSAML攻撃」を実行しました。
この攻撃では、米国政府機関を含む18,000以上の組織に影響が及びました。特権アカウントの管理が適切に行われていれば、攻撃者の横展開を大幅に制限できた可能性があり、PAMの重要性を世界的に再認識させる事例となりました。
📋 Uber 内部システム侵害と特権アカウントの窃取(2022年)
2022年、Uberの社内システムが18歳のハッカーによって侵害されました。攻撃者はソーシャルエンジニアリングで従業員のVPN認証情報を入手し、社内ネットワークに侵入しました。その後、社内ネットワーク共有上のPowerShellスクリプトに埋め込まれた特権アカウントのハードコードされた認証情報を発見し、PAMシステム(Thycotic)への管理者アクセスを取得しました。
PAMシステム自体が侵害されたことで、攻撃者はAWS、GCP、Slack、SentinelOneなど、Uberの主要なクラウドサービスすべてにアクセスできる状態となりました。この事例は、PAMシステム自体の保護とハードコードされた認証情報の排除が不可欠であることを示しています。
📋 大手金融機関における特権アカウントの不正利用による情報漏洩
国内の大手金融機関において、データベース管理者が業務上付与された特権アカウントを悪用し、顧客の個人情報を大量に持ち出す内部不正事件が発生しました。特権セッションの監視やアクセスログの定期的なレビューが行われていなかったため、不正行為が長期間にわたり検出されませんでした。
この事件を受け、当該機関はPAMソリューションを導入し、特権セッションの録画、コマンドフィルタリング、アクセスの承認ワークフローを実装しました。特権アカウントの監視は、外部攻撃だけでなく内部脅威への対策としても不可欠であることが改めて認識されました。