日本の公的年金制度は、65歳以上の高齢者3,422万人の生活を支えています。 しかし「平均151.8万円」という一つの数字の奥には、男女差・年齢差・制度加入歴による大きな開きが隠れています。 本レポートでは、性別・年齢階級・厚生年金の有無という3つの切り口から、その分布の実像を可視化します。
まず、公的年金受給者全体の年金額分布を見てみましょう。受給者は特定の金額帯に集中しているのか、それとも広く散らばっているのか。分布の形が、日本の年金制度の特徴を映し出します。
分布は75〜100万円と200〜250万円の付近にやや厚みを持つ、いわゆる「ふた山」に近い形をしています。これは年金制度の構造を反映しています。国民年金(基礎年金のみ)の満額が年約78万円前後であり、75〜100万円のゾーンに基礎年金中心の受給者が集まっています。一方、200万円前後の帯は基礎年金に厚生年金を上乗せした層です。
平均は151.8万円ですが、受給者の約35%は年額100万円未満(月額約8.3万円未満)です。「平均」だけを見ると生活できる水準に見えても、実際の分布は平均より低いほうに厚く偏っており、単純な平均値で生活実態を語ることの危うさが浮かび上がります。
性別で分けてみると、同じ「年金受給者」でも分布の形がまったく異なることが見えてきます。男性と女性、それぞれが年金制度とどう関わってきたかが、このグラフに刻まれています。
女性の分布は75〜150万円の帯に大きな山があり、基礎年金(国民年金)中心の受給者の多さを示しています。対して男性は200〜250万円をピークに、250万円超の層も厚みがあります。これは男性が企業勤めで厚生年金を長く積み立てたケースが多かったこと、女性の多くは専業主婦または短時間労働で第3号被保険者だった歴史を反映しています。
年額平均は男性192.6万円、女性120.7万円で、女性は男性の約63%の水準にとどまります。老後の生活設計を考えるとき、この「女性の年金が低く出やすい」という構造は、世帯ベースだけでなく個人単位でも無視できない論点です。単身高齢者世帯が増えるなか、特に高齢の単身女性の生活基盤をどう支えるかは、政策的にも実務的にも大きなテーマです。
年金額を決める最大の要素のひとつが、「厚生年金(または共済年金)があるかどうか」です。現役時代に会社勤めで厚生年金に加入していた人と、そうでなかった人で、老後の年金額にどれほどの差がつくのかを見ていきます。
「厚生・共済年金なし」の受給者は約350万人で、そのほぼ全員が年額150万円未満に収まっています。平均は64.2万円(月額約5.3万円)で、この金額だけで暮らしていくのはきわめて厳しい水準です。一方、「厚生・共済年金あり」の平均は161.8万円で、その差は実に97.6万円にのぼります。
中小企業や自営業に長く従事した方のなかには、国民年金のみの加入という方も少なくありません。中小企業診断士として経営支援の現場に立つと、経営者本人や家族従業員の老後資金設計が盲点になっているケースに出会います。iDeCoや小規模企業共済、国民年金基金といった「第1号被保険者が自ら上乗せできる制度」をどう組み合わせるかは、事業承継や廃業を考えるタイミングでぜひ検討したい論点です。
65歳から90歳以上まで、年齢階級別に平均年金額を並べると、興味深い傾向が見えてきます。「世代によって年金水準が変わる」という事実は、今の現役世代にも他人事ではありません。
男性は65-70歳で185.4万円 → 90歳以上で220.7万円と、年齢が上がるほど平均額が高くなる傾向があります。女性も同様に高齢ほど平均額が高く、65-70歳の107.3万円に対して90歳以上は144.9万円です。
一見すると「年を取るほど年金が増える」ように見えますが、実態は逆です。これは、古い世代ほど厚生年金の加入期間や給与水準が相対的に有利な時代に現役だったことや、マクロ経済スライドや物価・賃金動向によって新規裁定時の年金額が抑制気味に推移してきたことが背景にあります。つまり「いま90歳の人の年金額」と「いま65歳で受給開始した人の年金額」は、制度の計算式がちがう結果として比較されています。今の現役世代が65歳になったとき、この“高齢層ほど高い”構造が続くとは限らない点には注意が必要です。
ここまでは年額で分析してきましたが、実際に受け取る「2か月に1回の振込額」をイメージすると、月額のほうが生活感覚に近いかもしれません。月額の分布を見ることで、毎月の家計にのぼる金額がクリアになります。
最もボリュームが大きいのは月額15〜20万円の帯で、約796万人が該当します。次いで月額10〜15万円、7〜10万円の帯が続きます。いっぽう月額5万円未満で受給している人も約287万人おり、厚生年金のない国民年金のみの層や、加入期間が短かった層がここに集まります。
総務省の家計調査によれば、高齢単身無職世帯の1か月の消費支出は約15万円前後、高齢夫婦無職世帯は約25万円前後です。月額15〜20万円の年金があれば単身世帯はおおむねまかなえますが、10万円を切るとかなり厳しい家計になります。年金だけで生活を賄える層と、他の収入源や資産取り崩しが前提となる層が、はっきり分かれて存在していることが見えてきます。
公的年金の議論は「平均いくら」「モデル年金いくら」という単一の数字で語られがちです。しかし今回のデータが示すのは、平均の裏にある“ばらつき”こそが、老後の生活実態を左右しているという事実です。
厚生年金があるかどうかで平均年額に97.6万円の差。中小企業支援の現場では経営者自身の年金設計が盲点になりがち。
女性の平均は男性の約63%。単身高齢女性の生活基盤は、世帯単位だけでは議論できない個人単位の論点へ。
高齢層ほど平均が高いのは制度改定と経済環境の反映。今の現役世代に同じ水準は保証されない。
事業主・従業員・個人事業主のいずれの立場でも、「自分はどの分布の、どのあたりにいるのか」を知ることが、老後資金設計の第一歩になります。本レポートが、そのための視点を提供できれば幸いです。
データ出典:厚生労働省「令和4年 年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)」第1表(性別・本人の年齢階級別・本人の公的年金年金額階級別 受給者数)。数値は千人単位、平均額は万円単位。「不詳」および「-」(該当なし)は一部グラフで省略。